エンゲージメント向上事例 ② :「キツい」組織から「強い」組織へ 捨てられた花束が教えてくれた組織づくりの大切さ【今さら聞けない「エンゲージメント」とは? Vol.6】

離職防止を図るためにも、事業成果を創出するためにも、エンゲージメントを高めることが不可欠です。本連載ではこれまで、エンゲージメント向上を図るうえで陥りがちな誤解や、エンゲージメント向上のポイントなどについてお伝えしてきました。最終回となる今回は、これまで紹介したポイントに沿って取り組み、エンゲージメント向上を実現した企業の成功事例をご紹介したいと思います。
「エンゲージメントは高ければ高いほど良い」という誤解
エンゲージメント向上に取り組むうえで多いのが、第4回でお伝えした「エンゲージメントは高ければ高いほど良い」という誤解です。エンゲージメントを高めること自体は、「営業利益率」「労働生産性」にプラスの影響を与えたり、離職率の低下に寄与することが当社の研究で明らかになっています。
しかし、エンゲージメントを高められたとしても、その状態の維持が目的となり、負荷がかかるような新規事業への挑戦や目標へのコミットを期待しないようでは、内向きで基準が甘い「ヌルい」組織になってしまいます。逆に事業成果が出ていても、エンゲージメントは低いようでは、疲弊感が充満している「キツい」組織になってしまいます。どちらも放置してしまうと、徐々に組織や上司に対する諦めが生まれ、市場から選ばれない「弱い」組織になってしまいます。これを防ぐためには、エンゲージメント状態に合わせてアクセルとブレーキを踏み換えることが重要です。事業環境の変化や社内の体制変更など、さまざまな要因によってエンゲージメントは上下するものです。常に現在のエンゲージメント状態を見極め、アクセルとブレーキのバランスを意識しながら柔軟に施策を講じていくことが大切です。
「キツい」組織から「強い」組織へ
今回は、「キツい」組織からエンゲージメント向上に取り組み、「強い」組織への変革を遂げたA社の事例についてご紹介します。

A社は2000年代後半にマーケティングコンサルティング事業により創業し、高度な技術力・分析力を活かし、市場シェアNo.1企業にまで駆け上がっていきました。
3分の1の従業員が退職し、組織崩壊の危機に直面
創業から短期間でマーケットを席巻し、業界No.1の地位を築いた同社は、一見順調に成長を続けているように見えますが、急拡大する事業の裏側で組織崩壊の危機に直面していました。事業成長により拡大を続けていた同社のエンゲージメント状態はかなり悪い状態でした。売上や目標達成に関するコミュニケーションばかりが多くなり、「何のために仕事をしているか分からない」と仕事の意義を見失ってしまい、他社に転職してしまうケースが増加しました。退職する従業員の送別会で社長のB氏が送った花束が、翌日トイレに捨てられてしまうような状況もあり、退職者が止まらず、結果的に1カ月で約3分の1の従業員が会社を去ってしまう状況に陥っていました。
このときの同社は、事業成果は出ているものの、目の前の業務に追われ、従業員の疲弊感が充満している「キツい」組織だったと言えます。
理念の再定義と行動 基準の浸透
この危機に直面するまで、同社は事業成長に向けてアクセルを踏み続けていましたが、B氏は一度事業成長にブレーキを踏み、じっくりと組織に向き合う判断を下しました。事業一辺倒ではなく、人と組織の在り方を見直し、本格的に組織づくりに着手したのです。
まず取り組んだのが、理念の再定義です。そして再定義した理念を体現するべく、従業員に求める行動基準を15個明文化しました。一般的に、行動基準はできるだけ少なく、シンプルに作成したほうが浸透しやすくなります。しかし、「もう二度と大量離職を起こしてはいけない」という強い思いから、行動基準を定めました。そして、従業員への浸透を図るべく、様々な施策を講じていきます。
▼朝会での理念共有会
部署ごとに行われる朝会では、担当者が自分なりの理念の解釈について話すとともに、部署内で理念を体現している人を発表します。多くの企業の場合、朝会では業績や目標達成に向けた進捗確認など、事業面のコミュニケーションが多くなります。
一方、同社では朝会の場で理念について深く考えたり、体現している人の姿勢を学ぶ機会を設けることで、理念の浸透を図っています。
▼社員総会での表彰
毎年の社員総会では、年間を通して最も同社の理念を体現していた従業員への表彰を実施しています。多くの企業の場合、年間で最も業績を上げた社員など、事業への貢献度合いを表彰することがほとんどです。一方、同社では最も理念を体現している社員も表彰しています。理念の体現が個人や事業の成長にどうつながるかを学ぶ機会を設けることで、理念の浸透を図っています。
高いエンゲージメントを原動力に、連続的に事業が創出される組織へ
同社は、大量離職をきっかけに、理念浸透を軸とした組織づくりに取り組みました。
その結果、高いエンゲージメントを維持しながら、連続的な事業創出を実現する「強い」組織に生まれ変わることができました。

その結果、売上高は約3年連続で過去最高を更新しており、新規事業が続々と生まれています。特筆すべきは新規事業の成功率です。一般的な事業開発の成功率は10%未満と言われていますが、同社の場合は約50%と、異例の成功率を誇っています。
おわりに
エンゲージメントの向上が目的化してしまうと、居心地が良いだけの「ヌルい」組織になり、事業成果が生まれにくくなります。また、事業成果に注力しすぎてしまい、エンゲージメント向上への取り組みを後回しにしてしまうと、かつての同社のような「キツい」組織になってしまいます。そのため、組織状態に合わせてアクセルとブレーキを踏み分けることが重要です。
これまで本連載でお伝えしてきた、「See(現状分析)」「Plan(施策立案)」「Do(実行促進)」のポイントを踏まえてエンゲージメントを高め、事業成果の創出につながる組織づくりに努めていただきたいと思います。