若手に「郷に入っては郷に従え」は通用しない─「力強い中堅社員」を育てるための「若手育成」の処方箋Vol.4
第3回では、「希望の配属が叶わず、目の前の仕事に意味を感じられない。あまりモチベーションを持てない」というケースについて、お伝えしました。今回は、比較すると少し重たいケース。任される仕事量が多く、かつ上司のコントロール下からは完全に外れ、周囲や上司の支援も見込みづらい状況で若手自身が「疲弊気味」のケースになります。
仕事に追われ疲弊する若手社員
自分の意図とは関係なく、次から次へ仕事が降ってきてこなすだけで精一杯。仕事に追われ振り回されて疲れる。これがこのまま続くのだろうか…
小売企業B社の若手は店舗、商品仕入れ、物流、出店開発など様々な部署に配属されていますが、悩んでいる若手が少なくありませんでした。店舗でいうと、
・毎朝、開店前に山のような商品が倉庫から送られてきて品出し・陳列で大忙し。誤配・遅配があると予定通り事が運ばないことも。
・シフトを組んで接客やレジなどを回すが、パートさんの急な休み、退職などで計画を練り直さないといけない。人が足りなければ自分がお店に出ずっぱり。
・近隣に出店が決まれば開店準備のために応援要請にも応えなければならない。
・商品企画からは突然キャンペーン実施や注力商品の販促企画が降ってくる。背景や理由をゆっくり確認する時間もままならない。それでも現場のパートさんに伝えて動いてもらわなければならない。
・慢性的な人手不足が続き、ほとんど現場の作業で1日が過ぎる。
・家に帰るころには疲れ切ってしまう。
・休みも同世代とは合わず、土日もどちらかは出社。同世代の若手もそばにはいない。
皆さんが若手時代、このような状況で働き続けていたとしたら、どんなことを感じたと思いますか?
売り場づくりや接客など、やりがいある仕事です。しかし「とにかくヘトヘト」。こんなことをやってみたい、と思っても思いがけない仕事によってほとんど手がつけられない。相談できる同期も近くにいないため、孤独・孤立気味。実際にB社でも、若手が元気をなくし離職してしまうケースもあり、会社としても問題視していました。
“若手社員に少しでも元気に、イキイキ働いてもらえないか”“現場で様々な改善の種を見つけてトライアンドエラーを回してほしい”。上司も忙しく関わり切れない。それでも若手に対して何かできないか……そう感じていたのがB社の人事・教育担当Cさんの問題意識でした。
「次回が待ち遠しい」と言ってくれるオンライン会議の開催
Cさんはいくつかの手を打ちました。その中で一つ、若手の自発性を引き出した取り組みをご紹介します。それは“オンライン会議”。店舗、物流、商品バイヤーなどの若手社員たちにオンラインで会議に参加してもらい、個々の問題意識の共有、組織を超えた業務改善課題を話し合う会議を開きました。最初はそこまでの効果を期待していなかったそうですが、これが思わぬ効果をもたらしたそうです。
会議の最初はお互いに遠慮もあると思ったので、議論の前に「目の前の仕事に、どんな問題意識、どんな思い入れをもって取り組んでいるのか」をエピソード交えて共有してもらうことにしたそうです。不平・不満を含め、何を言ってもいい、というルールを提示して始めました。交流はたどたどしく始まったそうですが、ルールに慣れてくるとやり取りが活発になり、最終的にエピソード交換は大変盛り上がったそうです。若手社員たちから聞かれたのは、「物流の同期が、あの商品を納期通り全国に届けるために、夜中までかかって働いていたことを知らなかった」「積み上がった在庫商品をみて、何でこんな商品を仕入れたんだと思っていたが、バイヤーの同期が必死にメーカーと交渉してくれたのだと初めて知った」といった内容でした。
次に、組織を超えた改善要望を出してもらったところ、いつもなら要望の押し付け合いになるところが、お互いに知恵を交換し合うような場になったそうです。商品開発のアイデアや現場の作業効率を良くする仕組みなど、数多くの業務改善課題を若手たちが挙げて、着手し始めました。会議は1回では終わらず、2回目、3回目と続きました。何よりCさんが嬉しかったのは“この会議、次回が待ち遠しい”と言ってくれた社員がいたことだそうです。もちろん、若手社員だけでは解決できない問題はマネジャー側、経営トップへも働きかけをしていったそうです。「もう一度、頑張ってみようと思う」と目の前の仕事に集中して取り組み始めた若手をみて、Cさんは本当にやってよかった、と思ったそうです。
若手社員の中にある「仕事」と「仲間」への価値実感創造
「ただお互いに交流する会議をやっただけじゃないか」と思うかもしれませんが、若手社員が「次回も待ち遠しい」と言ってくれる会議はそうありません。この会議のポイントは、若手社員たちの中で「仕事」や「仲間」に対する「捉え方」が変化したことです。お互いが目の前の仕事にどんな思いをもって取り組んでいるのか? を交換することで、店舗の若手にとって売れ残っていつもため息をついて眺めていた『在庫の山』が、実は『商品バイヤーの仲間の奮闘努力の賜物』へと、見え方が変わったのです。私たちはこれを「仕事と仲間への価値実感創造」と呼んでいます。
説明や説得をせず、自由な交流の中で自然と価値実感を醸成するような形をとったことも有効でした。忙しい若手に「もっと頑張れ」といっても響かなかったでしょう。しかし、若手社員たちが自ら互いに「何とか売れないか努力してみよう」「こんなことができないか他部署にかけあってみよう」とエネルギーを喚起する場になった、と私は捉えています。Cさんは「そこまで考えてやったわけではない」とお話されましたが、素晴らしい取り組みだと思いました。
B社に限らず、「関連部署で働く仲間の奮闘努力に触れ、自分の仕事の意味を再実感したことで主体性を取り戻す」ケースは少なくありません。多くの若手たちがリモートワーク進展やコミュニケーション希薄化の中で、他部署で働く仲間の状況をほとんど知らないのです。
このケースから学ぶべきこと~「若手の仕事の地図を広げる」
意外に盲点になりがちですが、若手が「他部署とのつながり」を実感する機会づくりの勧めです。自分の仕事が、自社の商品づくりに一体どう貢献しているのか、どんな人の貢献によって生み出されているのかをリアルに実感することができたとき、「価値ある仲間」「価値ある仕事」への実感が醸成されます。それは困難を前にしても、乗り越えようとする若手の力強い集中の力を引き出すことができるのではないかということです。
表現を変えれば、「若手に自分の仕事を位置付ける地図」を持たせてあげること。それがこれからの若手育成に携わるマネジャーの重要な仕事ではないかと考えます。
どんなに疲れて、不平・不満しか言わない若手の中にも、実は前向きな思い、交流への意欲があることを信頼し、是非、こうした機会づくりをしてみてください。
余談ですがB社はここ数年で急成長した会社です。成長過程は大変な難題も多く、問題に直面するたびに、社員が部署の境界線を越えて協力・連携しあって乗り越えてきました。その意味で、B社の部門を超えた連携力は持続的な成長を生み出した根幹・土台です。しかし急成長に伴う機能分化、ルール・仕組みの導入、生産性の更なる追及の中でその土台が少し揺らぎかねない状況だったのかもしれません。このオンライン会議は、更なる高みを目指すB社にとって大事な連携力を創出する仕組みであり、B社の強みを生み出す働き方を再実感する仕組みだったとも思います。どんなに成長を遂げても、社員の心が通いあった力強いチェーンオペレーション企業であることを切に願っています。