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介護両立支援制度はなぜ“活用されない”のか?【介護と仕事の両立を阻む「4つの壁」とは Vol.1】

超高齢社会の進行とともに増え続ける「ビジネスケアラー」。その支援は、もはや福利厚生の一施策ではなく、企業の持続性を左右する経営課題です。2025年4月の法改正を受け、制度整備が加速する一方で、現場では「制度はあるのに使われない」という深刻なギャップが浮き彫りになっています。

このコラムでは、株式会社Works Human Intelligenceで制度設計や人事業務改革に携わってきた眞柴亮氏が、利用を阻む「4つの壁」の正体に迫ります。企業調査から見えたリアルな実態をもとに、支援策を単なる「形」で終わらせず、組織の力へと変えるための具体的な道筋を全6回の連載で示していきます。

はじめに:「2025年問題」とビジネスケアラー

2025年、団塊の世代がすべて75歳以上となり、超高齢社会は新たな局面を迎えました。厚生労働省による前期の第8期介護保険計画では、労働力不足と介護需要の急増が同時に進行し、2025年時点で介護職員は約32万人不足すると予測されていました。その影響を受けて、働きながら家族を介護する「ビジネスケアラー」は増加の一途をたどっています。経済産業省の2024年推計(※1)では、2025年には約307万人に達するとされていました。

(※1)経済産業省「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」

さらに、育児と介護が同時に重なる「ダブルケア」も深刻化しています。該当者は約30万人にのぼり、その半数以上が30代~40代の働き世代です(※2)。

(※2)平成28年度 厚生労働白書

介護はもはや「家庭内の問題」ではありません。企業にとっては、中核人材の離職など組織力の低下に直結する経営課題となっています。

制度はある。しかし、使われない

こうした背景の中、2025年4月の育児・介護休業法改正を受け、多くの企業で制度整備が進んでいます。一方で、制度が整っても“活用されない”という課題も見えてきました。その実態について、Works Human Intelligenceが実施した企業人事向けの情報交換会では、「制度は整備したが、利用実績が伸びない」「従業員の潜在的なニーズを把握しきれない」「人事部に相談してもらえない」といった現場のリアルな声が多数寄せられました。

制度を整備することと、活用されることの間には、大きな隔たりがあります。従業員が声を上げにくい背景、そして制度が“あるだけ”になってしまう要因は何か。

情報交換会の参加者向けに実施したアンケートでは、制度の利用を妨げる最大の要因として「制度の存在を知らない、または認知度が低い」が63.2%と最も多い結果となりました。次いで「業務の調整が難しく、利用をためらってしまう」「制度を利用しづらい雰囲気がある」がそれぞれ15.8%でした。

(※3)2025年10月開催「大手企業向け 介護両立支援情報交換会」出席者へのアンケート結果(n=21)

制度の利用を妨げる要因としては、“認知”や“職場環境”といった運用面の課題が多く挙げられました。

介護と仕事の両立を阻む「4つの壁」

企業人事向けの情報交換会で浮かび上がったのは、制度があっても活用されない背景に共通する「4つの壁」です。

【4つの壁①】「情報が届かない」‐デジタルデバイドと自分ごと化の壁‐
制度を整えても、「必要な人」に届かなければ意味がありません。工場や建設現場など、1人1台PCがない環境では、イントラネットやメールによる周知は十分に機能しません。人事から物理的・心理的に距離のある従業員に、どう情報を届けるのかが課題になります。さらに、介護は突発的に始まるケースが多く、「いざとなるまで気にしない」という心理も壁になります。平時に配布された資料は、当事者になるまで記憶に残らないことが少なくありません。制度を“知らせる”だけでなく、“思い出せる状態にしておく”こと。そして、将来のキャリア課題として早い段階から「自分ごと化」してもらうことが重要です。

【4つの壁②】「代わりがいない」‐キャリア・評価への懸念と管理職の苦悩‐
介護の担い手になりやすい50代前後の人材には、課長・部長クラスの管理職や、高度な専門性を持つエキスパートなど、「簡単には代えがきかない」ポジションに就いているケースが少なくありません。

だからこそ、「自分が抜ければ現場が止まる」「ここで休めば評価に響くのではないか」という責任感や不安が強く働きます。結果として、上司や人事に相談できず、有給休暇だけで対応しようとする“隠れ介護”が生まれます。

一方で、管理職側も悩みを抱えています。業務を回さなければならない立場として、どこまで配慮すべきか判断に迷うことも少なくありません。個人の問題とせず、組織としてどう支えるかが問われています。

【4つの壁③】「経済的に休めない」‐金銭的不安と制度の誤解‐
介護休業に対して多くの従業員が二の足を踏む最大の理由は「お金」です。「介護休業=無給」というイメージが先行し、収入が大きく減るのではないかという不安から、制度の利用をためらうケースは少なくありません。特に住宅ローンや教育費など固定支出を抱える世代にとって、収入減少のリスクは切実です。

しかし実際には、雇用保険から一定割合の給付が支給されるほか、社会保険料が免除される仕組みもあります。ところが、こうした制度の内容が十分に理解されていない場合、従業員は「休めない」という思い込みのまま抱え込んでしまいます。

企業ごとの介護休暇と介護休業の使い分け、積立休暇制度の活用、独自の上乗せ支援など、設計次第で経済的不安は軽減できます。制度の正確な情報提供と選択肢の提示が、利用の第一歩になります。

【4つの壁④】「言い出せない」‐心理的抵抗と誤解の壁‐
制度に加えて大きな壁となるのが、「職場の空気」です。「言いづらい」「周囲に迷惑をかけてしまう」などの心理が働けば、従業員は声を上げにくくなります。

特に、人手不足や長時間労働が常態化している職場では、介護を理由に休むことへの後ろめたさが強くなり、本来使える制度も利用されず、有給だけでしのぐ“隠れ介護”が生まれてしまいます。

さらに、管理職の誤解や知識不足も制度利用のハードルとなります。「要介護2以上でないと対象にならない」「評価に影響しないが、昇進は難しいかもしれない」といった思い込みや曖昧な運用が、無意識のうちに制度利用を妨げます。

だからこそ、制度周知だけでなく、管理職への正しい知識と、相談を歓迎する姿勢の明確化が不可欠です。そして何より、「介護という事情があっても働き続けられる環境を作るのは会社の責務」というトップメッセージが、職場の空気を変える起点になります。

制度整備で終わらない介護両立支援のあり方

介護両立支援で問われるのは、制度の有無だけではありません。本当に問われているのは、「介護を抱えた従業員が働き続けられるエンゲージメントを結べるかどうか」です。これからの企業は、育児だけでなく、介護というライフイベントも前提にした組織づくりが求められます。

管理職のマネジメントの在り方、業務の属人化の見直し、そして「困ったら相談していい」と言える職場の空気づくり。そこまで踏み込んで初めて、制度は機能します。本6回の連載では、仕事と介護の両立支援に向けた企業の課題と解決策について、具体的に整理していきます。