会計ソフトの枠を超えた“事業コンシェルジュ”へ
23年連続売り上げNo.1のリーディングカンパニー
会計ソフト市場で圧倒的な支持を集める弥生株式会社。スモールビジネスの発展に寄り添い続けてきた同社は、会計ソフトの枠を超えたサービスを提供する“事業コンシェルジュ”へと進化を遂げた。2023年10月にスタートするインボイス制度を機に、大変革が予想される経理業務のデジタル化について、岡本浩一郎社長に話を伺った。
―まずは御社の事業概要について教えてください。
当社は起業家・個人事業主・中小企業をはじめとしたスモールビジネス向けに会計ソフトウェアを開発・提供している企業です。会計ソフト「弥生会計」をはじめとするシリーズ合計の登録ユーザー数は250万超。個人事業主向けのクラウド会計ソフトの利用シェアは50%を超え(MM総研調べ)、デスクトップアプリでは23年連続で国内販売シェアNo1(BCN調べ)を達成するなど、幅広い業種業態で多くの方に利用されています。
―プロダクトやサービスが豊富で、支援領域も非常に広いのが特徴ですね。
支援領域は「会計」のほか「確定申告」「給与計算」「販売管理」「顧客管理」などで、初心者でも使いこなせる製品設計が強みです。パソコンにインストールして使用するデスクトップ版だけではなく、Web上にデータを保存・共有できるクラウドアプリをご用意しているので、お客様が環境に適した製品を選べる点も特徴の一つです。
ちなみに当社のロゴマーク(通称:Rising Arrow)は、事業の〝右肩上がり"を意味しています。弥生は日本のスモールビジネスの成長を支える社会的基盤(インフラ)として、夢に向かって挑戦する人々を支援しています。
―事業者にとっては心強い存在ですね。
当社は業務ソフトの開発・販売を行っていますが、お客様の〈目的〉は、ソフトを〈使うこと〉ではありません。お客様の目的は、業務ソフトを使ってビジネスを効率化すること。そして、そのビジネスを成長させ、事業を継続していくことです。会計ソフトはお客様が目的を達成するためのツールでしかないのです。
そのため当社では、弥生製品およびお客様の業務を支援する「あんしん保守サポート」、起業をサポートする「起業・開業ナビ」、後継者問題の解決を補助する「事業承継ナビ」など、会計ソフトウェアの枠を超えたさまざまなサービスを提供しています。
我々は単なる会計ソフトメーカーにとどまるつもりはありません。スモールビジネスのあらゆるフェーズで生まれる課題やニーズに寄り添いながら、事業者を支える〝事業コンシェルジュ"を目指し、常に新しいサービス開発・提供を進めています。
―事業者がビジネスを営む上で生じるさまざまなお悩みにワンストップで対応していくということでしょうか。
そうですね。例えば新型コロナウイルス感染症による緊急経済対策の一つだった「持続化給付金」について。この時は国から制度周知の依頼を受けたのですが、当社は事業コンシェルジュとしてもっとできることがあると考えました。
この時我々が提案したのは、国からFAQを提供してもらい、当社の既設のコールセンターで小規模事業者や個人事業主からのお問い合わせに対応するというもの。持続化給付金とはどのような制度で、給付を受けるにはどのような手続きが必要なのか。どんな書類が必要で、その書類はどのように作成すればよいのか――。
こうした事業者のお困り事にワンストップで迅速に対応できたのは、事業コンシェルジュとしての基盤があったからこそだと思います。
旧態依然とした紙中心の仕組みがデジタル化の障壁に
―中小企業のバックオフィスや会計業務のデジタル化はどこまで進んでいるのでしょうか。
バックオフィス部門のデジタル化は、かなり遅れていると感じます。もちろん企業内では会計ソフトの導入などが進んでいますが、企業間のやりとりにフォーカスすると紙やFAXが中心で、ほとんどデジタル化されていないのが実情です。
これは企業によって業務のデジタル化の進捗度合いが異なるがゆえに引き起こされる問題です。今の状況だと、A社が発行した請求書のデジタルデータをB社では紙に印刷して保管したり、B社が発行した紙の領収書をA社は手入力でデジタル化しなければならないなど、デジタルとアナログの世界を行き来する不都合が生じ、効率化・生産性向上の妨げになっています。
―日本ではなぜ業務のデジタル化が進まないのですか。
日本の制度の多くが紙をベースに構築されたものだからです。例えば確定申告は戦後間もない昭和20年代に成立した制度です。当時はコンピューターのない時代。全てが紙のやりとりで完結する仕組みとして作られています。また、同時期に確立した年末調整なども紙が前提の仕組みです。時代は昭和から平成、そして令和へと移行しましたが、制度の仕組み自体は当時のまま変わっていません。
紙は非常にユニバーサルなメディアで、どの企業でも平等に扱えるメリットがありますが、これがバックオフィス業務全体のデジタル化を遅らせている大きな要因の一つになっています。デジタル化を進めるためには、旧態依然とした仕組みを改め、業務プロセス自体をデジタルを前提に見直す抜本的な改革が必要です。
―バックオフィス業務をデジタル化することで、事業者にはどのようなメリットがあるのですか。
例えば、デジタル文書をネットワーク上でやりとりできるようになると、見積もりや請求、入金消込などの経理作業が自動化でき、業務が圧倒的に効率化されます。スピードも向上し、ミスも減るでしょう。効率化で生まれた時間は他の作業に回せるため、新たな付加価値を生み出すことにもつなげられます。
ここで注意したいのは、「電子化」と「デジタル化」の違いです。電子化は、あくまで紙を電子データに置き換えること。書類をPDF化し、メールで送受信できるようにするイメージです。一方、デジタル化はアナログデータをデジタルデータに変換し、業務プロセスそのものを改善することです。
わたしたちは日本全体の商取引において、デジタルを前提として業務の在り方を見直す「デジタル化」を進めるべきだと考えています。
デジタルインボイス導入に向けた業界の大きなうねり
―こうした状況を解決するためには、何が必要なのですか。
先ほどお伝えした通り、事業者のバックオフィス業務にはデジタルと、紙・FAXを中心としたアナログなプロセスが混在しています。小規模事業者や個人事業主であればその傾向はより顕著です。こうした状況を解決するためには、全ての事業者が同じ規格でデータのやりとりができるように商取引全体をデジタル化し、標準化を進めることが必要になってきます。
―全ての企業が「足並みを揃えて」となるとハードルが高そうですね。
そういう意味では、2023年10月からスタートする「インボイス制度」が、業務改革の大きなトリガーになるでしょう。取引の正確な消費税率・消費税額を把握するために「適格請求書(インボイス)」が適用されるようになるのですが、紙のインボイスでは買い手・売り手双方にこれまでにない業務負荷が生じることが懸念されます。
そこで、当社を含む会計ソフトウェアベンダーと政府が協議を行い、インボイス制度開始に向けて企業間でやりとりする請求書をデジタル化すること、つまり「デジタルインボイス」の導入を進める検討がなされています。
―デジタルインボイスの導入に向けて、具体的にどのような取り組みが進められているのでしょうか。
実は以前から同業の有志で勉強会を重ねていたのですが、2019年12月に社会全体のDXを目指すことを目的に「社会的システム・デジタル化研究会」が発足しました。ここでは早期にデジタルインボイスの仕組みを確立し、確定申告や年末調整制度などについても業務プロセスを根底から見直すデジタル化を進めるべきだという提言を発表しました。
また、2020年7月には同研究会の下部組織として「電子インボイス推進協議会(現・デジタルインボイス推進協議会=EIPA)」を立ち上げました。デジタルインボイスの標準仕様を策定・実証し、普及促進させることが設立時の目的です。代表幹事を当社が担い、会計ソフトベンダーを中心に現在179社(2022年5月現在)が加盟する団体です。
―普段はライバル関係にあるこれだけの数の企業が手を取り合うというのは画期的ですね。
バックオフィス業務のデジタル化の遅れに対する危機感がそうさせたのだと思います。インボイス制度を機に商取引をデジタル化し、事業者の生産性向上に貢献しようという気運は業界全体で高まりつつあります。
現在EIPAでは、2021年9月に発足したデジタル庁など関係省庁との連携を深めながら、国際規格「Peppol(ペポル)」に準拠した日本独自の規格の策定・普及に対して、民間の立場から支援と協力を行っています。既に〝日本版Peppol=JP PINT"の0・9・3版が公開されており、今後もアップデートされる予定です。
経理業務の自動化でスモールビジネスに大変革を
―2023年10月のインボイス制度を機にデジタル化の加速が予想されますが、御社としてはどのような未来を描いているのでしょうか。
すごく極端な言い方をすると、我々は「世の中から会計ソフトをなくしたい」と考えています。禅問答のようですが、言い換えれば「入力業務が必要な会計ソフトをなくしたい」ということになります。
冒頭でもお話しした通り、会計ソフトを使用する人は作業負担やミスを減らして業務を効率化したいのであり、決して入力作業がしたいわけではありません。会計ソフトを使っても入力自体は面倒ですからね。ならばこの入力作業自体をなくしてしまおう、というのが我々の考え方です。
デジタルインボイスを利用すれば、標準化されたデータを直接システムに取り込めるため、多くの経理業務を自動化できるようになります。仕訳や入金消込業務が不要になり、会計ソフトへの入力業務が不要な世界が実現できるでしょう。
―ビジネスの世界が大きく変わる節目になりそうですね。
ただし、魔法のように一夜にして世の中が変わるわけではありません。もちろんインボイス制度のスタートと同時に100%デジタルインボイスに移行するのが理想ですが、来年10月の段階でそれが当たり前の状況になるのは難しいと思います。完全移行には5年、10年という年月がかかるかもしれません。
当然、紙をベースにした商取引も継続されます。弥生としてはデジタルインボイス導入に向けたサービスを強化しますが、こうした事業者がスムーズにアナログからデジタルに移行できるような支援も継続してまいります。
―インボイス制度やデジタルインボイスについての情報収集はどのようにするべきでしょうか。
今の時代、会計ソフトをはじめとするデジタルツールをまったく使っていない企業は少ないと思います。まずはそのデジタルツールを提供しているベンダーが、どのような情報発信をしているのかをチェックしてみてください。
当社でも「インボイス制度あんしんガイド」というコンテンツを無料公開しています。そもそもインボイス制度とは何なのか、事業者にはどのような対応が求められるのかなど、制度を詳しく理解するための情報を発信しているので、こうしたサイトもぜひ参考にしてみてください。
―バックオフィス業務をデジタル化していくにあたり、事業者が気を付けるべきことはありますか。
大切なのは、ITツールの導入が目的になってはならないということです。目的はあくまで業務を改善すること。ベンダーに言われるがまま「とりあえず」導入していてはうまくいくはずがありません。それどころか業務が余計に複雑化してしまい、宝の持ち腐れになってしまいます。
読者の皆さんも、現在の自分の業務にそれぞれ課題を抱え、問題意識を持っていると思います。まずはITツールを導入することで何がしたいのか、どのように効率化を図りたいのかという目的を明確にし、バックオフィス業務のデジタル化に向けた一歩を踏み出していただきたいと思います。