スタートアップの広報戦略~ 何からはじめる? 編 ~
今、スタートアップから中小企業までさまざまな業種、規模の会社が広報に注力しはじめています。スマホやSNSが浸透するなど、私たちを取り巻く生活環境、情報環境の変化が、個人だけではなく企業の情報発信のあり方も変えているのです。しかし、小さな会社の広報ほど、未経験、一人ぼっちで誰にも相談できないという悩みを抱えがちです。大企業とは異なり、スタートアップや中小企業ならではの広報の難しさも存在します。本連載では、スタートアップや中小企業が効果的な広報活動を行うために必要な情報をさまざまな角度からお伝えします。
スタートアップや中小企業が、今「広報」をはじめるべき理由
みなさま、はじめまして。伴走型・人材育成型による広報部門立ち上げ支援コンサルティングを行うリープフロッグ代表の松田純子と申します。私はこれまで、広報担当者・経営戦略室の責任者の立場から2社の事業会社で広報部門の立ち上げを経験し、現在は起業してさまざまなスタートアップ、中小企業の広報部門立ち上げ支援コンサルティングを行っています。
本コラムでは、自身の経験も活かしつつ、広報領域の最新情報を踏まえながら、成長中のスタートアップや中小企業が広報活動に取り組むために必要な情報をさまざまな観点からお伝えしていきたいと思います。
その第1回目となる今回は、「なぜ、今スタートアップや中小企業で広報活動が重要視されはじめているのか?」「広報活動とは、そもそも何をする活動なのか?」といった、基本のお話から始めたいと思います。
今、創業直後のスタートアップや中小企業など、さまざまな企業規模、成長ステージの会社が広報部門を持つようになってきました。筆者が広報に携わりはじめた15年ほど前は、一般的に東証一部上場のような大企業にしか広報部門はありませんでした。当時有名だった広報勉強会では、大企業が業種ごとに別れて部会をつくるなか、ベンチャーは「ベンチャー」という一括(ひとくくり)だったのを覚えています。
スマホやSNS…「情報環境」の変化が企業を後押し
そうした状況が変わってきた背景には、私たちを取り巻く生活や情報環境の変化があります。PCやスマホなどのデバイスの進化とソーシャルメディアの登場により、誰もが簡単にリッチな情報発信を行えるようになったのです。Facebookの日本進出が2008年ですから、企業の広報活動のハードルはここ10年ほどで格段に下がっています。
また、昨今はTVや新聞、雑誌などのマスメディアに加えて、Webメディアが浸透してきました。新聞などの紙メディアのデジタル版が増加するなど、Webメディアの存在感は日増しに大きくなっています。情報量を柔軟に変えられるWebメディアは、紙よりも掲載できる記事数が多く、小さな会社でも情報を扱われやすくなっていると言えるでしょう。こうした状況を反映するように、PR市場規模を推察することができる公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会が実施している「PR業態調査」(調査対象となるPR会社の売上高推移)の数字も右肩上がりで増加しています。
このように、今や業種・業界、企業規模、成長ステージに関わらずさまざまな企業が広報活動に注力しはじめています。つまり、広報活動をしないことが企業成長に対してマイナスに働きかねない状態にあると言えます。
意外と理解されていない、「広報とは何をする活動なのか?」
では、「広報活動」とはそもそも何をする活動なのでしょうか? 中には「メディアに取り上げてもらうための活動?」と考える方もいらっしゃるかもしれません。米国のPRの教科書と評される『Effective Public Relations』(邦題『体系 パブリック・リレーションズ』)では、以下のように定義されています。
広報とは…
「組織体とその存続を左右するパブリックとの間に、相互に利益をもたらす関係性を構築し、維持するマネジメント機能」
つまり、「自社と(メディアなど)さまざまなステークホルダーとの間に良好な関係を築く」活動が、広報活動だということです。企業が情報を発信し、自社や自社のサービスを認知、理解してもらったり、ファンになってもらう対象は、もちろんメディアだけではありません。例えば下図のように、広報が関係を構築すべき対象はさまざまな領域にまたがっています。
広報活動をはじめる際は、まずはこのことをしっかりと意識して活動していく必要があります。最近では、各ステークホルダーとの関係構築を「社外広報」「社内広報」「採用広報」という枠に分けて行っている所も多いようです。
何からはじめる? 広報活動のはじめの一歩
『Effective Public Relations』が定める広報の定義をお伝えした所で、「じゃぁ、実際に何から始めればいいの?」についてお話ししていきたいと思います。
結論から言うと、広報活動の「はじめの一歩」は、広報活動の「目的を決める」ことです。当たり前過ぎて拍子抜けしたらごめんなさい(笑)しかし、例えば「広報活動=有力メディアに出ること」と捉えている会社は、ここが抜け落ちています。有力メディアに取り上げられることは難しいですから、その場合「どんな切り口だったら出られるか?」に終始して、「結局こんな取り上げられ方をしても意味があるのか?」という結果にもなりかねません。
必ず、「何のために広報活動を行うのか?」「広報活動によって会社がどうなればゴールなのか?」から逆算して、「それを達成するためにどんな広報活動をすれば良いのか」という順序で考える必要があります。その後、「どんなメディアに、どんな風に取り上げられたいか」を考えるという流れです。
「目的」から逆算した行動がカギ
広報活動の目的自体は、会社の状況に合わせて広報担当者と経営者がすり合わせ、コンセンサスを得て決定することになります。目的は、企業によってさまざまなものがあるはずです。例えば、下図のようなものが挙げられます。
一昔前の(特に大企業の)広報部門の活動目的は、すでにある「ブランドを守る」ことや「より良くする」こと、「危機に備える」ことなどが主でした。
しかし、スタートアップや中小企業は、そんなことは言っていられません。まだ存在さえ知られていない場合もあるはずで、「知ってもらう」「好きになってもらう」ことは必須です。また、大企業のように「今あるものを守る」ことだけに費用を掛けることも難しく、広報活動の目的に「買ってもらう」が入ることも重要だと考えられます。
実際に、商品やサービスがマスコミに取り上げられたことで知名度と信頼を獲得し、ユーザー数増加に貢献したという例は、ビズリーチ(サービスローンチ時に社会情勢を意識したメディア向けイベントを仕掛けて成功)やメルカリ、Sansan(創業時からトップ広報を重視して実践)など、多数挙げられます。広報活動のみで実現するのは難しいですが、特にスタートアップ、中小企業の広報の目的には「買ってもらう」ことがスコープに入ってくるでしょう。
「採用広報」が、会社の存続を左右する日が来る?
また、最近、企業の広報活動の目的として重視されているのが「採用」です。2020年初頭から突然広がった新型コロナウイルスの影響により直近数ヶ月の動きは異なりますが、ここ数年の大きな採用トレンドは、中途・新卒問わず求職者が有利な「売り手市場」でした。
また、企業規模別で見ると「中小企業」の求人倍率が特に高くなっています。これは、一人の求職者を複数社で奪い合う構図のため、採用競争に負けると会社の継続に必須の人材を確保できない状況と言えます。
ここで期待されるのが、採用広報による効果です。しかし、その採用広報を単に「募集情報の拡散」と捉えるのは間違いです。
最近では、採用活動のゴールは「入社」ではなく、入社後の「定着と活躍」だと認識されています。これに貢献できるのが採用広報です。採用広報の手法として多いのは、自社のHPやWantedly、note proなどの採用広報プラットフォーム、SNSなどを活用する情報発信です。自らコンテンツを作るので、工夫次第でさまざまな情報を伝えることが可能です。
「仕事の内容」や「必要スキル」だけではなく、自分たちの持つ「価値観」や社会における「存在意義」、「企業カルチャー」、「一緒に働く仲間」など、さまざまな情報を丁寧に伝えることで限りなく企業と求職者のミスマッチを減らし、入社後の定着や活躍をアシストするのです。
今回は、スタートアップや中小企業が広報活動をはじめる上で、まず考えるべき「基本のキ」と言える情報をお伝えしました。比較的小さな規模の会社が広報活動をはじめる場合には、担当者が一人(もしくは兼任)で、経験者はゼロということが多いと思います。そういう場合に限って、社長からドンっと任されて「何からやってもいいから!」と言われるようですが、正直なところ「何からはじめるべきか教えて欲しい…」という話もよく耳にします。そうした方に今回の情報が少しでも参考になれば幸いです。
次回は、筆者が広報活動のセカンドステップと位置づける「自社の存在意義の定義と言語化」、「はじめての広報組織づくり」などについてお伝えします。次回以降さまざまなトピックを選んで、広報担当者の方が実務に役立てられる情報をお伝えしますので、ぜひご愛読ください。
【出典】
※1 内外切抜通信社調べ(※メディア掲載情報を集めるクリッピング会社である同社がクリッピング対象としているWebメディア数の推移)図はプレスリリース(https://digitalpr.jp/r/30895)より
※2 厚生労働省「一般職業紹介状況」、内閣府「景気循環日付」より