どうせ働くなら、イキイキ働いてほしい!キャリア開発について考える【中小企業の人材育成~「働き続けたい」組織と人づくりVol.4】
労働力不足が深刻化する昨今、よく耳にするのが「離職防止」に関するお悩みです。労働力の需給バランスが「売り手市場」に転換する中、中小企業において、人材確保は喫緊の課題なのではないでしょうか。そこでこのコラムでは1,000社以上を担当し、中小企業の人材育成、組織づくりに深くかかわってきた株式会社リクルートマネジメントソリューションズの佐藤修美氏に、中小企業の人材育成をテーマに、バックオフィス担当者に必要なノウハウを伝授していただきます。第4回はキャリア開発について。
今キャリア開発が注目されている理由
ここのところ、キャリア開発についてのご相談が増えているな、と感じています。キャリア開発が取り沙汰されるようになったのは、2018年、厚生労働省が発表した「副業・兼業の促進に関するガイドライン」、2019年に施行された働き方改革、新型コロナウイルス感染症の流行などが影響しているのでは、と考えています。
副業が促進される、テレワークが推進される……など働く場所、時間、スタイルなどが変化する中、企業としては社員に「自律的」に働いてもらう必要が出てきました。そして自律的に働いてもらうのだったら、一度キャリアについてしっかり考えてもらった方がいいのでは……といった具合に、キャリア開発に関心が向いてきたのでは、と捉えています。
キャリア開発の考え方も世の中にあわせて変化する
キャリア開発は「自身のキャリアについてしっかり考える」わけですが、「どう考えるのか」も世の中にあわせて変化してきています。例えば、「自分は10年後にこんなふうになりたい!」と目標を定めて、それから自分の現在地を整理する、現在地から目標地点に進むために段階的にどんなスキルや経験を得ていくのかを考える、整理ができたらあとは実践!こんなステップで考えていくのが従前のやり方かと思います。
しかし、今はまず、自分が置かれた環境で与えられた仕事に懸命に取り組んでみる、そのうち、やりたいことや強みが見えてくる…そうして一歩一歩前に進む…こんなふうに考えてみることが推奨されています。
「VUCA(※)」というキーワードに象徴されるように、現在は不確実性が高い世の中です。仮に10年後の目標を定めても、環境が変わり、想定していたさまざまな前提が変わってしまうので、結局思うようには進まない…そんなことから、キャリア開発の考え方そのものも変える必要性がでてきたのでしょう。余談ですが、企業もかつては「10年ビジョン」といった長期計画を立てることが多かったように思いますが、今はあまり見かけません。
3年サイクルの中期経営計画を立て、3年たったら次の計画……という企業が圧倒的に多いのではないでしょうか。長期の計画を立てても、変化が富み過ぎてそのようには進まないといったことが、ここにも表れている気がします。
※VUCAは「Volatility:変動性」「Uncertainty:不確実性」「Complexity:複雑性」「Ambiguity:曖昧性」の4つの単語の頭文字をとった造語
キャリア開発の手法
企業が主催するキャリア開発の手法としては、キャリア研修の実施が最も多いかと思います。まずは「キャリアとはどう考えるのか」基本的な理解を促す。加えて、自分のキャリアについて具体で考える機会を設けることが目的です。
一般的に20代はまだ職業体験が少なく、経験をしながら模索するタイミングです。
30代はそもそも家庭を持つのか持たないのか考え始めたり、家庭を持ったとすると、家事や子育てと仕事との両立を考えたりします。
また人事制度が複線型だとすると、これから先マネジメントを行っていきたいのか、専門性を発揮していくエキスパートとして進んでいくのか、分岐に立たされ考える必要がある、そんなタイミングにさしかかります。
40代になると自分が培ってきたものがはっきりしてくるころで、親の介護との両立といったことを、考えなければならない方もでてきます。
50代は培ってきたものをどう会社や社会に還元するのか。
60代になると、どう職業人生を終えるのか、さらに次のステップをどうするのか……。
キャリア研修は、受けるタイミングによってその時最も考えるべきことが異なってきます。そのため、受講者を世代や年齢の節目で分けることが多いというのも、他の研修テーマとは異なる、キャリア研修の特徴といえるでしょう。その時、考えるべきことをしっかり考えていただける機会となっていることが、望ましいキャリア研修と言えるでしょう。
キャリア開発で次に多い手法は、キャリア面談です。
実施している企業は本人と上司、本人と人事、といった組み合わせで定期的に行っていることが多いかと思います。キャリアはどういった職種で働くのか、どういう部署で働くのか……など配属と密接に関係します。本人の「なりたい」もそうですが、上司や職場がどんな期待をかけるかもキャリアに影響を与えます。キャリア開発に、人事や上司との対話は欠かせません。
次に用いられる手法としてはキャリアパスづくりです。自社内ではどのような職種や階層があって、そこではどんな動きが期待されていて……といったことを一覧化します。キャリアパスをよりどころに、もっと自分に合うセクションがありそう、こっちの職種ならもっと楽しく働けそう、ここまでいけばスキルが身につきそう……など考えることができます。
見える範囲が限られていると「今の自分は何をやっているのだろう……」と悶々としてしまいがちですが、少し先や他の場所を見ることでひるがえって自分の今が鮮明になったり、それゆえに進みたい道が見えてきたりもするものです。
ご紹介した順に導入の難易度も高まります。
研修は単独で検討がしやすいですが、キャリアパスなどは会社の人事制度とも密接に絡んできますから、なかなか「さあ導入」といっても簡単にはできないものです。が、キャリア研修でせっかくキャリアを考えても、異動の相談すらできない、考えようにも他のセクションのことがよく分からない……といったことも生じてしまいます。いずれの手法もキャリアの開発にとっては重要な要素です。
中小企業でのキャリア開発
キャリア研修に話を戻しますが、このキャリア研修の設計も大手企業と中小企業では少し異なるな、と感じています。
例えば、キャリア研修を導入すると「うちの会社では私の思い描く将来は実現できない」と離職するという方が出てくることがあります。中小企業は特に今の仕事に不満があったとしても職種のバリエーションが少なかったり、異動するセクションが限られていたり、提供できる選択肢が十分とはいえないことがままあります。
しかし、中小企業の場合は、辞めることも含めてキャリアを自由に考えてほしい、というよりは「今の目の前の仕事をしっかり自分のWILLとつなげて充実させてほしい」という願いからキャリア研修を実施されることが多いように思います。
企業がキャリア研修を実施する場合は従業員に提供する意義・目的に照らして、どの範囲で何を考えてもらうのかを丁寧に設計することが肝要なのではないでしょうか。
キャリア開発は従業員に対する企業の在り方
キャリアは狭義では職業、職務、履歴、進路……という風に、主に仕事を語る概念としてとらえられます。一方広義には、生涯、人生、生き方そのものとして捉えます。
キャリアの語源は「轍(馬車が通った後にできる跡)」だそうです。歩んできた軌跡とこれから描く軌跡がキャリアということなのでしょう。従業員の皆様が歩んだ道が、仕事を通じて「誇らしい」道として刻めるような、そんな体験を企業が提供できるとしたら、それは本当に素晴らしいことなのではないかと思います。
キャリア開発は従業員に対する企業の在り方を改めて考えさせられるテーマともいえます。