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元企業人社労士から見た企業を取り巻く今 〜リカレント教育〜

2020.06.22

「リカレント」って?

 唐突ですが、皆さんは「リカレント教育」をご存知でしょうか? 「リカレント」とは「再び(あるいは繰り返し何度も)現れたり生じたりする(ような)」という意味を持つ言葉です。つまり、「リカレント教育」の意味は(特に一旦社会に出た後の人々に対する)再教育、回帰教育、学び直し教育というところしょうか。1970年代にOECD(経済協力開発機構)の教育政策会議で取り上げられて以降、欧米を中心に研究され、また実践されてきたと言われています。

 日本でも近年、「人生100年時代」やAIに代表される技術革新・企業のDX(デジタル・トランスフォーメーション)を見据えて、一層リカレント教育を推進する必要性が叫ばれています。しかし残念ながら、日本におけるリカレント教育の実態は、高等教育機関(4年生大学)への25歳以上の入学者割合を一例に取ると、日本はわずか2.5%と極端に低く、OECD平均16.8%、スウェーデン25.4%等と比べると大きく劣っていることが示されています。(図1参照)

図1:高等教育機関への25歳以上の入学者の割合
図1:高等教育機関への25歳以上の入学者の割合

 このような状況を踏まえ、日本においても「成長戦略実行計画2019」等の政府文書において、リカレント教育の必要性を謳い、国を挙げてリカレント教育に取り組む姿勢を鮮明に打ち出しています。
(参考URL:経済財政運営と改革の基本方針2019〜「令和」新時代:「Society5.0」への挑戦〜令和元年6月21日閣議決定、https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2019/2019_basicpolicies_ja.pdf)

彼我の差は、どこに?

 北欧の各国、特にリカレント教育発祥の国であるスウェーデンは、元々人口が少ないことから「就労と教育を繰り返しながら能力を高めつつ、可能な限り長く働いてもらおう」という考え方の下、個々人のライフステージに応じた生き方を、国・企業が後押ししてきたという背景があり、個人がリカレント教育に取り組む比率が高くなっているようです。他のOECD諸国においても、それぞれの国の事情が反映された結果なのでしょう。

 では、日本は前述の通り最近になってこそ「リカレント教育」に光が当てられてはいるものの、なぜ従来その必要性が大きく取り上げられなかったのでしょうか?
私見に過ぎませんが、これまで労働人口の減少というマクロ経済の動向は承知していても、個々の企業における人手不足感がそれほどには高まっていなかったこと、また労働者個人としても実際の就業機会はそれほどには多くなく、新たなスキル・知識獲得に向けて動機付けられることが少なかったのではと思います。しかし、ここに至って労働資源・財の観点から将来を見据えた時、従来通りの制度や考え方の下では、これらを十分に供給することは難しいと予見されることから、人手不足が深刻となった企業サイドとともに、「人生100年時代」の定年退職後の長い時間を、年金だけを頼りに生活するのは覚束ないと考える高年齢労働者、その年金支給にも不安を持つ若年層労働者が増えてきたということでしょう。しかし、環境の変化と必要性を認識できたとしても、具体的な人の行動には直接的には、また直ぐには反映されません。

 調査によると、個人から見た時の学び直しが難しいと感じている社会人は78.4%もおり、その主たる理由は以下(表1参照)のように報告されています。

表1:学び直しを行わない理由
表1:学び直しを行わない理由

 私は、この結果にはもう少し複雑な背景があるのではないかと考えています。例えば、第1位に挙がった「費用」について考えてみると、確かに大学での学び直しに要する金額は、個人にとっては大変な負担でしょう。しかし、学びによる効果(例:給与が上がる、転職に際して有利に働く、等)がある程度見越せるのであれば、時間が割けない(第2位)等の色々な制約があったとしても、一歩を踏み出す動機になるのではないでしょうか。であるにも関わらず、日本におけるリカレント教育への参加率が低いのは、企業が大学教育における学びを評価していない、または大きな期待をかけていないと言う現実(表2参照)があるのでしょうし、労働(転職)市場においてもそれほどの評価を得ていないと言う事情もあるものと思います。また、第3位に挙げられた「関心がない・必要性を感じない」点については、日本の労働者の、自身のスキル・知識に対する関心の薄さ、またはキャリア形成に対する主体性の欠如と言えるでしょう。これは、個々人の意識レベルの問題という側面もありますが、寧ろ社会制度全体に起因するものと受け止める方が適切なのではないかと思っています。すなわち、(コラムVol.3で申し上げたとおり)メンバーシップ型採用によって、入社以降のキャリアを自身で創ると言うよりも、会社側がその形成に大きく関与してきたという、終身雇用を前提とした雇用形態によって必然的に導かれた結果ではないのか?と思うのです。最近のキャリア形成意識の高い就活生・新社会人の皆さんにとっては、理解に苦しむ理由かもしれませんね。

表2:企業が大学等を活用しない理由
表2:企業が大学等を活用しない理由

 

私の場合……

 一般に、人が知識・スキル(場合によっては、資格等)を身に付けようと考える動機は何でしょうか?
・従事している職務の遂行能力を上げたい
・能力を上げたり資格を取得したりすることによって、昇進・昇格を果たしたい
・転職に有利な条件を準備したい
・昇進や転職によって、収入アップを図りたい
・自分の夢を叶える仕事に就きたい
・目指すキャリアパスの一助にしたい……
等々、人によって様々でしょう。

 今考えるとお恥ずかしいのですが、私の就職した時代は、正に一括定期採用・終身雇用の真っ只中でしたので、目指すべきキャリアなど、自分で明確に意識したことはありませんでした。偶々その時々に従事している業務に関連するスキル・知識を入手しようという意識が働いたに過ぎません。中小企業診断士資格へのチャレンジを思い立ったのも、当時オフィス用途のコンピュータの販売会社対応をしていて、販社会等で顔を合わせる経営者の方々と、ちゃんと会話するにはどういう知識・素養を身に付けておかなければならないのか?と考えたからでした。MBAも、会社の経営に携わる方々はどんな判断基準の下で経営の意思決定をしているのか、その一端でも知りたいと考えたからでした。もっとも、その当時は単身で大阪に赴任していましたので、週末の有り余る時間を過ごす術を見失い(観光名所巡りも映画鑑賞も、飽き飽きとしていました!)、いわば暇つぶしの手段として選択したという一面もありましたが……(現在の社労士資格へのチャレンジについては、また機会があれば触れたいと思います)。

 こうした、動機面と併せて重要なのが費用面(「障壁」の第1位に挙げられています)でしょう。私の中小企業診断士へのチャレンジは、運よく宝くじで10万円が当たったからでしたし、MBAも学校の奨学金や教育訓練給付金(当時は現在と違って相当大きな金額が給付されました!)のお陰で、それほどの負担にならないという見通しが立っていたからでした。

社会の変化に適応して……個人も企業も!

 今回のコロナ禍によって、様々なものの考え方、それに起因して社会の色々な制度が大きく変わってしまうと言われています(「9月入学」等が真剣に議論されていますね)。既に取り上げたテレワーク等の「ワークスタイル」「働き方」のように、目に見える変化もそうですが、もっと大きな変化は労働に対する価値観ではないかと考えています。既にその兆しはありましたが、「一括定期・メンバーシップ型採用」「終身雇用」に根差した労働観は大きく変化し、個人(労働者)が提供する「価値」に対し、正当な「報酬」を企業が支払う形態こそが、これからの個人(労働者)と企業の関係になるような気がします。個人(労働者)は、より高額な報酬を得ようと、更に高度な価値を提供できるように自身の知識・スキルの向上を目指すという、個人(労働者)が主体的にキャリアを育む時代が来るのだと思います。

 大きな変化も小さな変化の積み重ねによるものというケースが多いのですが、今回の「新型コロナ禍」は、私たちに一気にパラダイムの変換を迫りました。「環境変化への適応」こそが、生存のための最も大切な条件の一つであることは、生物に限らず、企業やそこに働く個人(労働者)にとっても変わりありません。変化する時代・社会(AI、DX、グローバル化等)に、自分はどう対応していくのかということを、一人ひとりが真剣に自身に向き合い、考えなければならないのだと思います。具体的には、自分がこれまで培ってきたスキル・知識を棚卸しし、環境の変化や時代の行く末を見据えて、これから求められるスキル・知識は何かということを冷静に考え、その習得の準備・行動が求められるのではないでしょうか。

 では、これからの時代における企業の人財育成は、(成熟し自律化した)個人任せで良いのでしょうか? 私は、全ての労働者がプロフェッショナル化し、自主・自律的なキャリア形成ができるようになっても、それゆえ余計に企業は今以上に、人財育成に力を注ぐことが求められると考えています。これからの企業には、自社の成長・発展を織り込んだ人事戦略が必要ですし、それを実現するための計画的な採用・育成計画が欠かせないものとなるでしょう。労働者の一層の多様化が進む中、個々人が目指すキャリアも決して一様ではありませんから、従来のような一律の育成手法・研修スタイルでは、所期の目的(成長・発展)は達成できない事態を迎えることになると思います。これまでとは異なる考え方(パラダイム)の下で、育成計画ひいては人事戦略を練り直さなければならなくなるでしょう。

【脚注】
図1 出典:内閣官房 人生100年時代構想推進室(2018年)
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/089/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2018/04/24/1403765_8.pdf

表1 出典:社会人の大学等の学び直しの実態把握に関する調査研究(文部科学省2016年)https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/itaku/__icsFiles/afieldfile/2016/06/02/1371459_02.pdf

表2 出典:「社会人の大学等における学び直しの実態把握に関する調査研究」
イノベーション・デザイン&テクノロジーズ株式会社(平成27年度)
https://www.gyoukaku.go.jp/review/aki/r01tokyo/img/s1.pdf