スタートアップの広報戦略 ~ 自社の想いを言語化しよう! ~
前回記事「スタートアップの広報戦略~ 何からはじめる? 編 ~」では、スタートアップや中小企業が「今、広報活動をはじめるべき理由」や「広報活動をスタートする際、最初に考慮すべき点」などについてお伝えしました。連載第2回となる今回は、筆者が広報活動のセカンドステップと位置づける「自社の存在意義の定義と言語化」についてお話ししたいと思います。
「広報活動の目的」を決めたら、その次は何をする?
前回の記事で、広報活動のはじめの一歩は、「広報活動の目的を決める」ことだとお話ししました。広報部を立ち上げることが決まったら、まずは広報担当者と企業のトップが話し合いを重ね、広報活動をすることで会社がどうなれば目的達成と言えるのかを決めます。
例えば、「サービスに対する認知・好意の獲得」や「商品の売上向上」、あるいは「採用力の向上」、「社員エンゲージメントの向上」など、企業の状態に合わせて広報活動の目的を決めるのです。企業の状態によって変わるので、広報の目的は企業ごとにさまざまです。ここを明確にすることで、「誰に、何を伝えるか」と情報発信の「優先順位」が決まります。
メディア露出戦略を練る上では、ここで決まったことをベースにして「どのメディア」に「どんな話題」で取り上げられたいかを考えていくことになります。しかし、その話が出てくるのはまだ先です。
筆者が考えるセカンドステップは、まず“(社会や市場において)自分たちはどんな存在なのか”、“それをどんな言葉(表現)で伝えるか”を決めることです。すなわち、「自社の存在意義の定義と言語化」です。
コモディティ化した世界のなかで、企業が伝えるべきこと
具体的な方法論に入る前に、広報活動をはじめようとしている企業にとって、なぜ「自社の存在意義の定義と言語化」が必要なのか簡単に説明します。現代は、グローバル化によってあらゆる技術が平準化し、多くの商品、サービスがコモディティ化(商品間に差がなくなること)しています。
馬車に代わって誕生した自動車をはじめ、テレビ、冷蔵庫、洗濯機など、かつては、それまでなかった画期的な商品が市場に登場して爆発的に売れる時代がありました。しかし、今ではどこの企業が持つ技術も大きな差がなく、一企業が他社を引き離した画期的な商品を生み出すことは至難の業です。
分野によっては、どの商品も機能や利便性がほぼ同じで、違うのは値段ぐらいということもあります。では、商品が大きく変わらない世界のなかで、人々は何を基準にして商品を選ぶのでしょうか?
「どんな商品か?」ではなく、「何のための商品か?」
一つの答えが、この商品は「何のために作られたのか」「何を大事にして作られたのか」という“価値観”です。ヒントとなるのが、フィリップ・コトラー氏が提示した「マーケティング4.0」という考え方です。
マーケティング1.0は、そもそもモノが無く、車など良い商品を作って宣伝すればモノが売れるという状態です。その後、モノが増えてコモディティ化し、今度は個別ニーズを満たすことでモノが売れるマーケティング2.0時代に突入します。現在は、さらにコモディティ化が進み、モノの違いがほぼなくなったことで、「社会貢献している企業だから買う」「考え方に共感して買う」といった現象が起きており、価値観主導型でモノを売るマーケティング3.0~4.0の時代へと突入している、というのがコトラー氏の主張です。
つまり、コモディティ化した世界のなかで、企業が発信しなければならないのは、商品の機能情報だけではなく、「この商品を何のために作ったのか」「この事業を通してどんな世界を実現したいのか」という“価値観(自社の存在意義)”に関する情報だと言えます。
そして、これは自社のカルチャーに合った優秀な人材を採用するためにも重要です。売り手市場の採用市場では特に、優秀な人材に“選ばれる理由”が必要だからです。給与や勤務地で選んだ会社は、条件が変われば辞めてしまう方がむしろ合理的です。
「似たような商品やサービスを扱う会社はたくさんある、でも御社で働きたい。なぜなら…」と言わせる必要があるのです。この時、自社の価値観をしっかり発信していれば、「考え方に共感できるから入社したい」と言ってもらうことができます。
企業ごとに異なる、価値観を言語化していく方法
ここまで社会環境の変化を背景に、自社の存在意義や価値観を明確にして言語化することの必要性についお伝えしてきました。ここからは、言語化のためのヒントについて、私の経験を踏まえてお話ししたいと思います。
言語化が一番簡単なのは、創業者が持つ強い課題意識や理想に関する商品、サービスを扱っていて、ビジネスとして成功(成立)させている場合です。社会課題の解決を目指して起業したような会社を想像すれば分かりやすいと思います。
少子高齢化問題、環境問題、食品廃棄問題…など、社会課題の解決を目指して立ち上げた会社の存在意義は、そうした「課題を解決する」ことであり、その課題のない世界を作ることがその会社が提供する価値と言えます。
この場合、自社をどういう言葉で表現するのか考えやすいですし、創業時から自然と定まっていることも多いかもしれません。しかし、そういうケースはどちらかと言うと稀です。
例えば、メルカリが掲げるミッションステートメントは、「新たな価値を生み出す世界的なマーケットプレイスを創る」です。創業時からあった訳ではなく、創業から約半年後にメルカリに参画した小泉文明氏の提案で作成されました。これには、小泉氏の前職であるmixiの成長とその後の停滞から学んだ経験が生かされています。
小泉氏は、mixiでの経験を「メルカリ 稀代のスタートアップ、野心と焦りと挑戦の5年間」(日経BP社)のなかで、「社員がプロダクトを愛し、プロダクトと会社を同一視する。こうした関係は平時にはさらに大きな成功に向けた好循環の基盤となるが、成長が止まるともろさを露呈した」と述べており、こうした状況を避けるためにメルカリでは早期にミッションステートメントを作成すべきだと考えたのです。
どんな会社も利益が出ないとビジネスとして成立しないので、一つの会社が始まる時には「こういう商品(サービス)を作ったら売れるのでは?」からはじまることが圧倒的に多いのではないでしょか。しかし、今の社会ではどんな商品もいずれコモディティ化していきます。
「商品=会社」では、商品が売れているうちは顧客も求職者も集まりますが、商品が売れなくなると会社自体も低迷することになってしまいます。そのため、「この商品を作った理由」「この商品を作ることでどんな世界を作りたいのか」を突き詰めて自社の存在意義を言語化し、それを自社の指針として新しい商品開発を行ったり、価値観の合う優秀な人材の採用を行う必要があるのです。多くの場合、こうした順序で自社の存在意義を定義・言語化するのではないでしょうか。
しかし、事業を行う上では、元々考えていた事業では売上が上がらず、方向転換して今のビジネスを行っているという会社もあります。実際に私がお会いしたことのある社長の方でも、「何が儲かるか考えてやっているだけで、実現したい理想なんて別にないよ」とおっしゃる方もいます。それ自体は悪いことでもなんでもありません。
ちなみに、そう言われた時に私が聞いてみるのは、「お金を稼ぐためなら他にも方法があるはずですが、なぜ今の事業をしているのですか?」という質問です。そうすると、「昔○○な経験をしたことがあって、それで○○をしてみたいと思った…」などと、たいてい答えが返ってきます。
自社の存在意義や自分たちが大切にしている価値観を考える上では、例えば、以下のような問いかけが有効です。
・なぜこの事業をやっているのか? はじめたきっかけは何か?
・事業を行うことで誰に、どんな影響を与えたいのか?
どう思ってもらいたいのか?
・どんな会社だと社外の人に理解されたいのか?
・どんな会社だと社員に理解されたいのか? etc.
こうした問いかけを繰り返すことで、想いが少しずつ言語化されていきます。いずれにせよ、この“想い”ばかりは、(リーダーがいない形の組織は別として)会社・組織を作った人、もしくはこれから率いていく人とよく話すしかありません。
一つ気をつけることがあるとすれば、「無理やり作らない」ということです。ソーシャルメディアが発展し、情報が瞬時に行き渡る時代において「ウソ」はすぐにバレます。実際に思ってもいないのに、共感されやすいミッションを掲げても意味はありません。「儲かるから」やっているのであれば、「儲かるから」と伝えれば同じ価値観を持つ人材を惹きつけることができます。
自分たちの価値観を広報することで成功している企業事例
最後に、自社の持つ価値観をしっかりと広報することでビジネスを成功に導いている企業事例を紹介したいと思います。
●メルカリ
国内事例では、先程例に挙げたメルカリが有名です。ミッションステートメントを社内外に積極的に発信し、単に人気アプリを作る会社ではなく、“新たな価値を生み出す、日本発のグローバル企業になる”という強い意思を示し続け、そうした企業を応援したいと考えるユーザーや求職者を惹きつけることに成功しています。
●パタゴニア
米国のアウトドアウェア・ブランド「パタゴニア」は、自社の価値観を積極的に伝える企業の先駆けと言えます。彼らが掲げるミッションステートメントは、「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」です。パタゴニアは古くから環境保全に力を入れており、環境に配慮した素材の使用などを行っています。
現在では、環境への配慮を謳う企業はたくさんありますが、パタゴニアは半世紀以上も前から真摯にこの姿勢を貫いています。この考え方と行動によってユーザーから、あまたあるアウトドアウェア・ブランドのなかでも「パタゴニアで買いたい」と思われる企業となっています。
●オールバーズ
オールバーズは、2016年に元プロサッカー選手とバイオテクノロジーの専門家の二人が立ち上げたシリコンバレー発のシューズブランドです。今年1月に日本1号店もできました。タイム誌によって「世界一履き心地の良い靴」に選ばれ、創業から2年で100万足以上を売り上げるなど大成功を収めています。その特徴は、環境負荷の少ない素材や製造工程にこだわり、トレンドを追うようなデザイン性よりも快適な履き心地を追求した製品づくりです。
同社の短期間での成功要因は、サステイナビリティへのこだわりとその企業姿勢を積極的に発信したことです。それまで靴や洋服は、季節ごとに大量に生産されては季節が終わると安売りのすえ大量廃棄されていました。こうした課題解決を行おうとする企業姿勢がミレニアル世代などに刺さり急速に成長しました。
今回は、広報活動はじめたばかりの企業が取り組むべき、「自社の存在意義の定義と言語化」の必要性とそのステップについてご紹介しました。広報活動に取り組む企業の一つの参考となれば幸いです。
【参考】
・フィリップ・コトラー著『Marketing 4.0: Moving from Traditional to Digital』(邦訳『コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則』)(朝日新聞出版)
・メルカリ企業HP「私たちについて」:https://about.mercari.com/about/about-us/
・パタゴニア企業HP「パタゴニアの歴史」:https://www.patagonia.jp/company-history/
・オールバーズ企業HP「ストーリー」:https://allbirds.jp/pages/our-story
同「素材について」https://allbirds.jp/pages/our-materials-wool
同「サステイナビリティ」https://allbirds.jp/pages/sustainability