働く世代の「脳の健康」をどう支えるか──職場がつくれる5つの支援
9月の世界アルツハイマー月間に合わせ、研究開発型製薬会社の日本イーライリリーは「あなたの日々に、脳の健康も」コンテスト作品発表会を開催した。一般向けの催しだが、会場で語られたのは、働く世代にも無縁ではない話だった。アルツハイマー病による脳の変化は症状の10~20年前から始まり得ること、早期段階では病気の進行を緩やかにする治療を選べる時代になったこと、そして日々の運動や交流が脳の健康を支えること。短歌と写真、専門家の講演、ゲストの笑いを交えた対話が、重くなりがちなテーマを暮らしの側へ引き寄せた。
症状が出る10~20年前から脳では変化が始まっている
冒頭に登壇した東京都健康長寿医療センターの井原涼子先生は、認知症は通常の加齢とは区別される状態であり、正常と認知症の間には、認知機能が低下していても自立した生活を送れるMCI(軽度認知障害)があると説明した。認知症の原因で最も多いアルツハイマー病では、脳内にアミロイドベータが蓄積し、神経細胞の働きが損なわれていく。アミロイドベータは、もともと体内でつくられる小さなたんぱく質の一種だが、分解や排出とのバランスが崩れると脳内にたまり、老人斑と呼ばれる沈着物をつくる。これがタウたんぱく質の変化などと重なり、神経細胞同士の情報伝達を妨げると考えられている。物忘れなどが表れるより10~20年前から蓄積が始まることが知られているという。70歳で症状が出るとすれば、50歳前後、場合によっては40代からの生活が将来につながる。
早く知ることが、選択肢を増やすことになる
早期に気づく意味は、不安を先取りすることではない。従来の症状を和らげる薬に加え、現在はアミロイドベータに働きかけ、病気の進行を緩やかにすることを目的とした治療が登場しており、MCIや軽度認知症など早期段階での投与が検討される。治療には適応や負担があり、誰にでも同じ選択が当てはまるわけではない。それでも、早めの相談によって現在の状態を確かめ、専門医と選択肢を検討できることは大きな進歩だ。
井原先生は、年齢や家族歴のように変えられない要因がある一方、高血圧、高コレステロール、高血糖、喫煙、飲酒、難聴、身体活動の不足など、対処可能な要因もあると紹介した。こうした修正可能なリスクへ働きかけることで、認知症の最大45%は理論上、予防または発症を遅らせられる可能性があるとする報告もある。ただしこれは、個人の努力で必ず防げるという意味ではない。本人だけに責任を負わせず、健康行動を選びやすい環境を社会全体で整える余地を示す数字として受け止めたい。
短歌と写真が映した、小さな喜び
会場では「私の脳が喜ぶ瞬間」をテーマにしたコンテストの最終作品も発表された。応募は短歌1617作品、フォトメッセージ199作品の計1816作品。家族との会話、散歩や読書、愛犬との時間、自然の発見、解けなかった問題がふと解けた瞬間など、特別な成功よりも身近な喜びが並んだ。
短歌部門審査委員長を務めた歌人・作家の東直子さんは、何気ない日常にも発見や心の動きがあり、31音に凝縮するからこそ、自分にとって何が大切かが読み手へ届くと総評した。写真部門審査委員長の写真家・浅田政志さんは、写真は上手さだけでなく、その場の空気や撮り手の喜びまで伝える身近で自由なものだと話した。スマートフォンにたまった一年分の写真からお気に入りを10枚選び、じっくり見返す提案も印象的だった。創作する、誰かと分かち合う、過去の幸福を見つけ直す。作品群は、ウェルビーイングを支える営みが日常のすぐそばにあることを伝えていた。
笑いが、話しにくさをほどく
中年になると、職場の昼休みでも友人同士の集まりでも、会話は自然と健康の話に向かいやすい。血圧、血糖値、腰痛、睡眠、健診結果。互いに笑いながら近況を話せる話題は増えていくのに、認知症や物忘れのことだけは、どこか口にしにくい。自分の衰えを認めるようで怖い。相手に余計な心配をかけたくない。そんな沈黙が、気づきや相談を遅らせてしまうこともある。
後半は、お笑い芸人・作家の又吉直樹さん、お笑い芸人の東野幸治さん、井原先生によるトークセッションへ。又吉さんは、カフェで原稿を確認した際、店のメニューを一緒に持ち帰り、返却後にもう一枚見つかった失敗談を披露。東野さんも共演者の名前が急に出てこなかった経験や、鍵やスマートフォンを忘れることが増えたと明かした。東野さんの軽妙な突っ込みに又吉さんと井原先生が応じ、会場には何度も笑いが起きた。
認知症や物忘れは、職場ではとりわけ話しにくい。能力への評価や配置、将来の雇用に結び付けられる不安があるからだ。しかし、この日の明るい対話は、深刻さを軽視せずに、失敗や戸惑いを言葉にする余白をつくっていた。変化を即座に病気と決めつけるのでも、笑って放置するのでもなく、まず周囲に話し、違和感が続けば相談する。その入口にユーモアが役立つことを感じさせた。
脳トレより、まず運動が重要
質疑応答で東野さんが、計算などの脳トレを頻繁にした方がよいのかと尋ねると、井原先生は、脳の健康で特に重要なのは運動だと回答した。有酸素運動と筋力トレーニングを組み合わせた研究や、よく歩く人ほど認知機能を維持しやすいとするデータを紹介し、計算だけを行う方法より運動の方が科学的な蓄積が多いと説明した。短歌や読書、新しい挑戦の価値を否定する話ではない。脳は身体の一部であり、運動、睡眠、食事、生活習慣病の管理という土台の上に、知的活動や社会的交流が重なるというメッセージだ。
この話を聞き、筆者は、医療者や介護者からしばしば聞く「入院や骨折をきっかけに、急に元気がなくなった」「退院後、以前より反応が鈍く見える」という声を思い出した。それを単純な因果関係として示すことはできない。ただ、ベッド上で過ごす時間が増え、歩く距離が短くなり、食事や睡眠のリズムが乱れ、近所の人との立ち話や家事の段取りといった自然な刺激まで減っていくと、身体だけでなく生活全体が縮んでしまう。運動が重要だという説明は、スポーツを頑張るというより、立つ、歩く、外に出る、誰かと話すといった日常を途切れさせないことの大切さとして受け止めたい。
職場がつくれる5つの支え
今回のイベントのメッセージを、バックオフィスの実務へ置き換えるなら、第一は正確な教育である。認知症を年齢相応の物忘れと同一視せず、アルツハイマー病の変化が早くから始まり得ること、早期段階には治療選択肢があること、予防可能性の数字には限界があることを、恐怖や自己責任論を避けて伝えたい。管理職には、本人の様子から病名を推測したり、認知症だと決めつけたりせず、相談で知り得た個人情報を適切に扱うという対応の原則も共有する必要がある。
第二は、気軽に話せる風土だ。物忘れそのものではなく、締め切りを忘れる、手順に迷うなど業務上の困りごとを具体的に確認し、本人の尊厳を保ちながら相談につなげる。日常の雑談や笑いがあり、家族の変化や介護についても早めに話せる職場なら、問題が大きくなる前に支援へ届きやすい。又吉さんと東野さんのやり取りが示したのは、明るさは軽視ではなく、沈黙をほどく方法にもなり得るということだった。
第三は、動く機会と交流の設計である。昼休みの散歩、短い歩行ミーティング、座りっぱなしを区切る声かけ、参加方法を選べる体操やイベントなど、続けやすさを優先する。足腰の状態や治療中の人にも配慮し、参加しないことが不利益にならない設計が前提だ。短歌、写真、趣味の共有といった小さな創作企画も、会話や新しい発見を生む。浅田さんの提案にならい、社内で写真を見返す時間を設けるだけでも、交流のきっかけになるだろう。
第四は専門家への導線、第五は現在の力に合った就業支援だ。追加取材で井原先生は、現役世代に症状がある場合、産業医面談を経て受診につなぐこと、必要に応じて現在の能力に合う業務へ調整することが大切だと述べた。上司や同僚が診断するのではなく、産業医、外部相談窓口、かかりつけ医から専門外来へつなぐ。業務量、手順、勤務時間、確認方法を本人と話し合い、できることを基準に調整する。配置転換を排除の手段にせず、就業継続と安全を支える選択肢として扱うことが欠かせない。
知る、話す、動く、つながる。そして必要なときは専門家へ相談し、働き方を整える。日本イーライリリーのイベントは、脳の健康を遠い老後の問題ではなく、日々の小さな喜びと選択の積み重ねとして見せた。企業に求められるのは病気を見つけることではない。従業員が変化を隠さず、今ある力を生かしながら次の一歩を選べる環境をつくることだ。









