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格差。貧困。働き方改革。「『丸山眞男』をひっぱたきたい」願いが別の仕方で叶うとしたら

「戦争になればな」という望みの意味があなたにわかるか

「戦争になればな」という望みの意味があなたにわかるか

 「仕事が大変だ」とグチると「大丈夫?」と声をかけてくれるのに、「ちゃんとした仕事につけなくて大変だ」とグチると「もっと努力しろ」と人は言う。長年、職を転々とした30、40代の人々。彼らが正社員になれる確率は、きわめて低い。非正規労働者が正社員になれる確率も低い。働いても、働いても、豊かになれない日々――。

 そんな嘆きから書き始められた論稿「『丸山眞男』をひっぱたきたい」が、かつて論壇を騒がせた。「明日もリストラされないだろう」とサラリーマンが思える社会。「現在の生活がまったく変わらずに続いていく」(※1)と信じられる事況。これを、皆が「平和」と呼んでいる。執筆者・赤木智弘さんは同論でそこに疑問符を突きつけ語った。もしそれが平和だとしたら、「俺たち」にとって平和は「ロクなものじゃない」(※2)。その平和は、豊かになれない日々が続くことを意味するから、と。

 同論の発表から12年。日本経済の低迷は続き、格差の固定化は何ら好転のきざしを見せず、ロスジェネ世代をはじめ多くの人々にとって貧困がより現実感をともなうものになった。

 同論では「戦争」という希望が述べられている。戦争が起これば社会はカオスだ。貧富の差もチャラになる。「死と隣り合わせ」という平等な環境に皆が放り込まれる。そこでは、20世紀屈指の知識人・丸山眞男が、中学にも進んでいないであろう兵にいじめ抜かれるという「逆転」すら生まれる。それは「俺たち」にとってチャンスだ、と赤木さんは言う。

 もちろん彼は「戦争」が望みではない。彼の主張の主眼は以下にある。

 もはやカオスを望むところに「しか」俺たちの心の置きどころはない。

 カオスこそが「はい上がれる」唯一のチャンスだと「しか」思えないこの現実を見てくれ――。

 社会的に弱くされている「俺たち」に確かな「関心」を、というメッセージを広く伝えることが彼の目的である。なかには赤木さんを含む「俺たち」の訴えに対して「もっと努力しろ」と自己責任論をぶつけてくる人もいる。そんな「凡庸な悪」(※3)(と、私はあえて言う)が、結局「俺たち」を抑え込み、既得権益遵守の日本社会を支えている、と彼は示唆した。

 残念ながら、令和になった今も、そんな社会はじれったいくらいに変化していない(ように見える)。極端な話――。「イジメをなくそう」と言ってもイジメはなくならない。差別をなくそうと言っても差別もなくならない。戦争も、もちろんだ。これらと次元は違うが、制度を変えれば解決できるかもしれない格差問題も、やはりなくならない。アウトリーチ(=「そっちに行くよ」といった寄り添いを重視する奉仕活動)等の運動は、近年、増えた。けれど、「社会をより良く」という活動に対し、社会は「のれんに腕押し」感を与えてくる。社会が徐々に変わっている(と私個人は思う)としても、その変化は微少で、実感されにくい。遅々とした変化ゆえに、運動を推進する当事者も「これって、意味あるの……?」という徒労感に襲われる。「つかみどころのなさ」を示し続けているのが、社会である。

 そして、格差や貧困は、とてつもない強度をもって「いま・ここ」にある。

 人は、まぬかれ得ぬ運命や、思うに任せぬ巨大なものに現実感を抱くと、不安に襲われる。あるいは「やっぱり私がいけなかったのかな……」といった自責やあきらめにかられる。神学者ティリッヒは、それらに似た時節にあって、「にもかかわらず」(※4)生きぬこう、と訴えた。彼は、生きようとする人の意志に人間の輝きを見た。ナチスと闘い、迫害され、人間に絶望した彼は、「にもかかわらず」という言葉に強度を持たせ、人々に希望を贈った。

 あきらめないで――。

 私たちは、良い変化を生むのに役立つフックがどこにあるかもわからない(わかりにくい)社会のなかにいる。しかし、社会に圧倒され、立ち止まっていては、「働けども豊かならず」的な貧しさは領域を確保したままだ。落伍者認定を受ける友々はこれからも増えていく。これに対し、「にもかかわらず」応じていかなければならない。

 少し、丸山眞男の声に耳を傾けてみよう。

「人も社会も変わらない」と不満を投げつけたくなる衝動はいかに

「人も社会も変わらない」と不満を投げつけたくなる衝動はいかに

 丸山は、悲観と楽観で人の心を見た。人間社会は、差別や抑圧などと闘い続ける運命にある。ずっと、ずっと。これが悲観である。「人類は、歴史が進むとともに発展する」といった考えは手放しでは支持できず、「循環でも信じないと、いまの自分がもたない」(※5)と丸山は述べた。歴史は繰り返す、あるいは「らせん状」にグルグル、人類は歴史を刻まざるを得ない。そう思わないと「つらすぎる」と彼は言った。

 一方で彼は「自発的結社」(※6)が、より民主的な社会をつくる上で重要だ、とも考えた。先に述べた「アウトリーチ的な運動」のように、自発的に人々が集まり、弱者に寄り添うような運動が社会を発展させる。丸山はそう信じた(若干、敷衍した言い方をした)。これが楽観である。

 人は、人の心性は、容易にアップデートされない。人間は愚かなことを繰り返し、総体として成長しない。前進があったとしても、あまりにゆっくりなため、それに耐えられない人たちが出てくる。そんな彼らは、逆転を期待して「戦争」的なカオスを求める。カリスマを待望する。「何かが変われば」と投票に足を運ぶ(そして、そういった人たちは、構造的に「そうさせられてもいる」)。

 ここで、社会活動家・湯浅誠さんの言葉に触れたい。

 「社会全体に停滞感や閉塞感が広がり、仕事や生活に追われて余裕のない人が増えると、『自分はこんなにがんばっているのに、楽にならない』という不満から『自分は不当に損をしている』と感じる人も増える。その『自分は報われていない』というフラストレーションを背景に、『ズルして楽している人間は許せない』という怒りが高まり、その義憤に押されるように『既得権益』のレッテル貼りが横行していく」(※7)

 余裕のない生活を送る人々のなかには、フラストレーションのはけ口として「甘い汁を吸うヤツ」を探しまくる人がいる。仮に「そいつ」が「外国人」だと見えれば、外国人差別が始まる。余裕のなさ、たとえば時間や金銭や人間関係にまつわる余裕のなさは、時に敵をつくり、差別を生む。そしてその感情には「奪われた感」(※8)とも呼べる被害者意識が根づく。人々は不満の原因をどこかの既得権益者に求め、自らを被害者とし、時に建設的でない罵詈を始める。

 余裕のなさによって、フラストレーションは行き場を失う。この問題は案外、重い。

 ちょっとした美談や、“悪者”が袋叩きに遭う「ショー」を見ることで、スッキリした気分になる人がいる。権力者に都合が良いとされてきた、そんな「ガス抜きですぐ治まる人」も、余裕のなさによって増える。加えて、ショーによるガス抜きでは不十分だという人もいる。彼らは社会や他人に向けてストレス発散を始める。「社会活動をストレス発散の場にする人」も出てくる。

 丸山眞男は、現代人が政治にかかわろうとする動機が、「私生活のフラストレーションをいやすため」(※9)というものに変わっていく(きている)、と語った。不満を投げつけるだけの社会行為は危ない。不満それ自体は時に社会変革のエネルギーになる。しかし、不満がもつ「他人を低きに引きずり落とそうとする力」――人と人の高め合いではなく「低め合い」を生む不満の力――が主軸となる革命は、世のなかを良くしない。貧困も格差も、根本的には解消しない。

「市民による制度づくり」が主となる時代へ。伝わる言葉を編む

「市民による制度づくり」が主となる時代へ。伝わる言葉を編む

 社会が「変わる」、社会を「変える」には、「待つ」ことが必要だ。そして「待つ」には余裕が必要だ。

 私は以前、働き方改革が「時間づくり」につながるなら、それを個人の心の「余白」づくりにつなげてほしい、と書いた。余白づくりの目的には「生活のなかに余裕をつくることで、差別や排除といった負の情動や、ストレス発散のために社会にかかわろうといった欲求に抗う」という要素も含まれる。差別は、格差問題の主犯である。ゆえに、もし働き方改革によって時間の余裕が生まれるのなら、そこから連鎖的に生じる心の余白を、「より良い社会づくり」のリソースに転換してほしいと願う。じっくり、たゆまずアプローチして、芽が育つのを待つような活動にも目を向けたい。それが、働き方改革の重要ファクターでもあるCSR(=企業が事業活動などを通じて社会に貢献する責任のこと)の本来あるべき出発点だし、それによって貧困や格差の問題にわずかでもアプローチできたら、良いと思うのだ。

 ――「理想論」だと言いたくなるだろうか。私はこういう時、「『これが理想的であることはわかっているけれど、現実にはそんなことは不可能だ』と自分に言い続けていたら、何も起こせはしない」(※10)というビジネス界の至言を思いだす。

 もちろん、今にも命を失いそうな喫緊の貧困者に対し、「待つ」はゆるされない。待たずに応じるべきだ。けれど、社会に余裕が生まれれば、「喫緊な貧困」が減り、貧困の「喫緊さ」も減る。その可能性は、見逃してはならない。急ぎ対応すべき事案と、じっくり待つことも必要な事案を丁寧に腑分けして進まねばならない。

 弱くされている人たち、貧困や格差にあえいでいる人たちの声は、なかなか広まらない。なぜなら、しっかり見ようとしなければ彼らの存在は見えないし、声も聞こえないからだ。また、貧困を抱える人と、貧困解決に取り組んでいる人とのあいだで交わされる言葉が「貧困の外にいる人たち」に想像以上に伝わらないという事実もある。貧困の現場に立ち合う活動家は、しばしば「言葉少なに」「じっと寄り添って」「気持ちをくみ取って」苦しむ人と接することが求められる。そんな時、貧困の現場の言葉は見かけ上、減る。それが是とされることも多い。

 だが、貧困の情報をより「多くの人」に伝えようとすると、途端に言葉がたくさん必要になり、伝達は困難をきわめる。貧しさに悩む人々の声は容易には届かない(それ以前に、発信するほどの余裕のない人もたくさんいる)。なぜなら、ツーカーで貧困が語り合える場は「特殊」だからだ。むしろ社会は基本「通じない」人で構成されている。厳しいけれど、そう考えて言葉をつむいだ方が良い場合は多い。地道に、互いがわかりあえる言葉の土俵をつくらなければならない。

 SNS等で、誰もが「発信者」や「書き手」になれる時代である。その時代性を鑑みると、貧しさにうめくような、声なき声の「拡声」や「翻訳」に寄与することこそが、万人に開かれ、かつ身近な、貧困解消の取り組みになるのでは、と思う。それを継続し、貧困や格差を、「私の問題」から「われわれの問題」にしていくことが大事だ。人間のアップデートは難しいけれど、制度は変えられる。その信念で、まず「われわれ」の輪を広げたい。

 丸山は、国家の政治技術や革新政党の組織論ではなく、「市民が制度づくりをやっていくということ、市民の立場から状況を操作する技術としての政治学、そういうものが将来の政治学の方向になっていかなければならない」(※11)と述べた。たぶん丸山が存命であれば、市民が「言葉でつながる術」を志向したと思う。

 平成の30年間で、たとえばインターネットに見られた「熟議民主主義」や「新たな公共圏」創出の希望は「夢と潰えた」と総括されるようになった。しかし、それでも私は「自発的結社」といった丸山の楽観的視座から、「にもかかわらず」社会は良くなるし、良くしていく行動をここからも始めよう、と呼びかけたい。彼の著作をひもときながら、墓石に眠っている? 丸山眞男をひっぱたいて、起こして、リベラルだなんだといった枠を超えた議論を続けたいと思う。

[脚注]
(※1)赤木智弘『若者を見殺しにする国』双風舎、2007年
(※2)同上
(※3)ハンナ・アーレント『イェルサレムのアイヒマン』大久保和郎訳、みすず書房、1969年
(※4)パウル・ティリッヒ『生きる勇気』大木英夫訳、平凡社ライブラリー、1995年
(※5)『丸山眞男座談』第8巻、岩波書店、1998年
(※6)丸山眞男『自由について』SURE、2005年、『丸山真男集』第8、9巻、岩波書店、1996年などを参照のこと
(※7)湯浅誠『ヒーローを待っていても世界は変わらない』朝日新聞出版、2012年
(※8)安田浩一『学校では教えてくれない差別と排除の話』皓星社、2017年
(※9)『丸山眞男講義録』第3冊、東京大学出版会、1998年
(※10)稲盛和夫『成功への情熱』PHP文庫、2001年
(※11)『丸山眞男座談』第4巻、岩波書店、1998年