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理想論と言って切り捨てないで。あなたにいてほしい――居場所づくりをめざす、やさしい「働き方改革」を考える

2019.04.25
正木 伸城(まさき のぶしろ)

高橋まつりさんの死から、あらためて問いをたてる

 時代が、社会が、熱にうかされ、地に足がつかないまま一斉に、一方向的につきすすもうとするとき、「ちょっと待って」「立ち止まって」「すこし、考えようよ」と人びとに声をかけ、時流の淵源やことがらの目的と現況を照らしあわせて、「このままでいいのかな」と問いかけることが「知」の役割だとわたしは思っている。

 いま「働き方改革」が言われているけれど、あたかも出口に殺到する群衆のように「われ先に」と改革をはじめたとしたら、それは「狂熱」と名ざしされて歴史の審判にさらされるかもしれない。政治学者・丸山眞男なら、「つぎつぎになりゆくいきほひ」(*1)が時代を形容する言葉として機能していると、ひざを打つだろう。
 時代が、他人事に感じられながら人びとのあいだを過ぎ去って、のちのち「あのとき、ああしておけばよかった」と後悔をもって総括されないように、わたしは丁寧に、今あるものごとを言葉にして、読者の意識にのぼらせたいと思う。

 きょうは、その「働き方改革」をあつかう。

 「働き方改革実現会議」がはじまったのは2016年である。直後に、広告代理店「電通」の新人・高橋まつりさんの過労自死が労災認定された事件が明るみになった。ご記憶の方も多いのではないか。彼女はその前年12月に投身自殺している。

 電通の勤務実態が明らかになるにつれ、世論は過熱した。長時間労働是正などの労働環境改善へ危機感が急速につのった。
 あれから2年半。
 悲しいことに、熱狂は冷(醒)め、状況は落ちついてきているようにわたしには感じられる。かつて世間は、高橋まつりさんが「働き方改革」に魂魄をとどめてくれたことを知った。彼女は、改革に意味をもたせようという機運を高めてくれた。わたしはその「意味」を、同改革関連法が施行された今月にあえて問い返したいと考えている。

 私たちは、何のために働き方改革をする(している)のか?

 もちろんその「意味」とは、政府から与えられるものではなく、高橋まつりさんの死をふくむさまざまなファクターから多くの日本人が感じた「危機」への応答の作法として語られるべきものであり、働き方改革という語に託さなければならない実質的なものを指す。
 2016年10月19日、「働き方改革に関する総理と現場との意見交換会」で安倍晋三首相は、高橋まつりさん自死への悲しみを述べつつ、改革の目的が生産性向上にあると語った(*2)。
 「人の生死にかかわるような労働の場で、生産性にウェイトをかけた改革? それでいいのか?」
 鋭敏な感性をはたらかせた人びとは、これに違和を唱えた。
 生産性向上も大切な課題ではある。生産性が上がれば、残業も減るかもしれない。それが労働者のインターバル確保につながり、過労を防ぐかもしれない。だが、高橋まつりさんの死は、小手先では解決しない、もっとラディカルで大切なことを社会に問いかけたと思う。

「ぼく(わたし)に居場所なんてない」との確信が人を死線に導く

 そもそも過労と自死は「別の問題」という側面ももっている。長時間働いて過労になった人が、必ず自死するわけではない。総実労働時間が長い地域ほど、そこに住む人の自死率が高まるという分析もあるが(*3)、誤解を恐れずにいえば、働く時間が短くなったとしても、労働環境によっては、死ぬ人は死ぬ。
 なぜか?
 (少々うるさい話になるけれど)社会心理学的な知見によると、人が自殺を求め...

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