元企業人社労士から見た企業を取り巻く今 〜マネジメントに求められるもの〜
未曾有の事態に……
これを執筆している現在、新型コロナウィルス感染拡大を防止するため7都府県に出されていた緊急事態宣言が、全国に広げられました。先んじて宣言の出された東京都をはじめ大阪府や神奈川県,千葉県,埼玉県では既に、生活必需品以外を扱う商業施設や遊興施設などを対象に、休業要請が行われました。芸能人やスポーツ選手、ニュースキャスター等はもちろん、医療関係者にも感染が拡大していて、すぐそこまで感染のリスクが及んできているような状況をひしひしと感じます。「3密」を減らすために講じられた各自治体の休業要請によって、少しでも感染の度合いが低下することを心から祈っています。
感染の拡大を抑えることに成功した後に課題になるのは、経済的な問題でしょう。休業に伴う補償が行われる業種、対象とならない業種、それも都府県によってその対応がまちまちとなるようです。
補償の対象となる事業者であっても、長期化に耐えられる(「体力(≒財政力)」がある)企業は限られるでしょうから、そこで働く従業員の雇用を守るためにも、積極的に各種の国・自治体の助成金(例:雇用調整助成金等)の活用をお願いしたいと思います。私たち社会保険労務士は、特に中小企業の皆さんにそうした情報を提供し、申請手続き等で貢献させていただきます。
IMF(国際通貨基金)は、この新型コロナウィルスの感染拡大の影響により、2020年の世界の成長率はマイナス3%となり、1929年の世界恐慌以来最悪の不況になるとの見通しを発表しています。その報告を聞くと、これからやってくると想定される大不況を、どう乗り切るべきなのかということに思いを巡らさざるを得ません。
私が申し上げるまでもありませんが、1929年の大恐慌を機に世界の各国は自国経済を守らんと、自由貿易からブロック経済に移行し、結果的にはそれが第二次世界大戦につながったと言われています。現代において経済力で世界一を誇るアメリカ合衆国は、奇しくも3年前から自国第一主義を掲げた大統領が、それまでの政権とは明らかに異なる経済・外交政策を採用しています(これも一種のブロック経済と言えるかも?)。
このことはご承知の通りですから、一層不安が増すのも無理からぬところかと考えます。加えて冷戦終結以降、世界は新しい秩序が出来上がっている訳ではなく、流動化し多極化していますから、不安定な要素はさらに増えているとも考えられます。
ただ、当時と現在では世界の状況は大きく異なり、権力に臆することなく発言することのできるメディアの存在や、また健全なる市民の声が遍く行き渡る(それ故の危うさも同居していますが)インターネットというインフラも、概ね世界に広がっています。このようなインフラや様々な抑止力が存在することを考えれば、そう安易に同じ轍を踏むことはないのかもしれません(そう祈っています!)。
これからの研修形態も、変わらざるを得ません
長くなってしまった前置きはこの辺りにして……。私は先に自己紹介でお話しさせていただきましたように、中堅・中小企業の人財育成分野(特にマネジメント層への研修)でお仕事をさせていただいています。しかし、この新型コロナウィルスの影響により、各企業で計画されていた研修は例外なく「無期延期」となってしまっています(泣)。
一定数の従業員を一堂に集め、缶詰状態(実際には相当余裕をもって催しています!)で行う集合研修は、所謂「3密」に相当し、感染リスクが相対的に高くなってしまうので、回避すべき形態の一つであることは間違いありません。同様に多くの場合、集合形式で行われている「新入社員」に対する研修もある訳ですが、これはいち早くweb等を用いたスタイルへの移行を進められた企業も相当数あるようです。この対応は年明け以降のコロナ禍のため、急遽実施形態を変更することになった訳ですから、担当された人事部門の皆様のご苦労は、ひとかたならぬものがあったものと推察します。
こうした試みを通して、従来常識だったり当然と考えられていたりした手法が必ずしも最善という訳ではなく、異なる手法を用いることで、思いがけないメリットが見つかる可能性もあるものと期待しています。かく言う私もweb等を介したセミナーとはどんなものかと、いくつかのオンラインセミナーを受講してみました。なるほど、臨場感という点ではリアル研修とは比較にならないものの、周囲に気兼ねすることなく自由なスタイルで受講できる点では、発想が広がったり、また周囲に気兼ねなく考えたり発言できたり(チャット形式が多いようです)するという、良い一面を発見することもできました。
しかし一方で、「えっ、どうして?!」というような疑問を抱く場面や、「それは自身の考えとは相容れないなぁ……」と考える場合には、その雰囲気を直接届けることのできないもどかしさ、場の空気が相互に理解し合えない苛立ちを感じることも。また、プレゼンする側(講師サイド)から考えると、これまで以上に「阿吽の呼吸」で伝わることなど期待してはならず、提示する資料も簡潔明瞭に記述することが従来以上に求められると感じています。
もっともそうした所感以上に、web等を用いた研修プログラムを提供できるほど、私の方の準備(環境やコンテンツ等)ができていない状況の方が気になっていますが(焦!)。
マネジメントの十分条件とは? 皆さんはどうお考えになりますか?
前々回のコラム(vol.5)で、マネジメントに関する様々なスキル・知識を習得することは、望ましいマネジメントスタイルを実現する上での必要条件ではあるが、十分条件とはなり得ないことを申し上げました。では、十分条件になり得るものって一体何でしょうか。自分なりに、これまでの自身の経験を振り返ったり、訪ねる企業の人事担当者の皆さんにも伺ってみたり、もちろん色々な書籍にもあたりましたが、今現在も「これだ!」と言う解には辿り着けていません。
朧気ながらの結論としては、残念ですが唯一無二の十分条件など存在しないと言うことでしょうか。即ち、その場・その時に応じて色々な手段・方法があり、それが時に人財開発や組織開発の手法であったり、時に著名人やトップマネジメントの講話であったり……
また、どんなに優れた素材や手法・講話を授けることができても、その瞬間の受け取り手の「心の状態」が、それらを受容できる状態に整っていなければ、全く無駄に終わってしまうかもしれません。多くの企業において、研修を企画・提供する側の方々が頭を悩まされている問題として、受講者の「受動的な態度」が挙げられています。受講者が、日々の業務遂行に際し常々問題意識を持っていて、その具体的な解決の場として研修が用意されているのであれば、受講者の前向きで能動的な受講態度が期待できるでしょう。
しかし現実は、「この忙しい時に、なぜ研修を受講しなければならないのか?」「指名があったので、(止む無く)参加したのだ!」という思いで参加する受講者が多くを占めるのが実態なのではないでしょうか? そんな思いを抱いて臨んでいる受講者の、「心の状態」に期待することは難しいのかもしれません。
そんな絶望感に浸っていた時に、ふとLayer1(人間性・人間力(倫理観や道徳観等を含めて) Vol.5:マネジメント育成編参照)に焦点を当てた書物に出会いました。そこでは、知識やスキルには全く触れず、ただ以下の3点だけを組織のリーダーに求めているのです。それは、
(1) コミュニケーション(単なる「声がけ」にとどまることなく、相互に信頼感が醸成できることが必要)
(2) 何事にもポジティブな気持ちの持ち方
(3) 明るい心(周囲の方々にまで、その影響力が及ぶことが必要)
確かにいずれもマネージャーやリーダーに欠くことのできない大切な素養だと思いますし、日経新聞「私の履歴書」に限らず、偉人・賢人と言われる方々の自伝や回想録等を読むと、傑出したリーダーの方々には共通してこのような特性が備わっていた(先天的・後天的に限りません)ことが窺い知れることに思い当たります。
実は、私が存じ上げている社労士の先生で、「ほめ言葉」を大切にされながら企業研修に携わられている方がいます。私もその「入り口」だけ体験させていただいたことがあるのですが、その時の私は研修講師を志してはいましたが、人を褒めたり相手の話を上手に聞いたりする研修など「邪道」とまでは言わずとも、マネジメントの研修としては相応しくないと考えていました。
そこには、「マネジメントに携わる人間は、ストイックにその本質に迫らねばならない」という思い込みがあったのでしょうか。先の書物に触れて、この先生が取り組まれている研修スタイルを思い出したのは、相通ずる点があるからなのかもしれません。リーダーとして周囲に影響を及ぼすことができるほどの明るくポジティブな考え方、相互に信頼できるまでのコミュニケーションを備えることができれば、スキル・知識など知らずとも、組織をまとめ導くことができるようになるのかもしれません。
今は新型コロナウィルスのため、私自身ですぐにこれを実証することはできません。しかし、この期間を利用して研修コンテンツを整え、二つの異なるアプローチのどちらに解があるのかをベンチマークしてみたいと思っています。その結果は改めて皆さんに報告させていただきますので、ご期待ください!