【実際の案件でポイントを紹介】テレワークの実施の際に会社が注意すべき労働問題
今回は、テレワークに潜む長時間労働の問題を実際に起きた訴訟とともに解説していきます。実際の訴訟では従業員が会社に対して、どの程度の金額を請求することになり、会社にいかなる不利益が発生するのかを具体的な金額をもとに説明していきたいと思います。
● テレワーク時の労働紛争事例(あるIT企業のケース)
Xさんは、Y社(中小のIT企業、従業員10名程度)に勤める30代の男性で、月額の給与は40万円(固定残業代30時間分を含む)でした。
2020年3月からY社では新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、従業員の多くをテレワークとする旨を決定しました。この決定に伴い、Xさんもテレワークを開始しました。
Xさんはテレワーク開始後も、自宅から直接、顧客企業とやりとりをしながら、Y社が提供しているシステム管理の保守点検業務を行なっていましたが、テレワーク時の長時間労働が原因で9月にうつ病を発症し、休業することになりました。
Xさんは生活の資を失ったことから、友人のつてを辿って私のところに相談にやってきました。
そこでXさんはY社に対して残業代請求をすること、うつ病の発症の原因が長時間労働にあることから、Y社に対して損害賠償請求ができることがわかり、Y社に対して、訴訟を提起することになりました。
● 会社が被る不利益
Xさんの残業代は、月の残業時間(1日の労働時間が8時間を超える時間)が50時間に達する月は約7万円、月100時間に達する月は約22万円となります。
このような月が積み重なっていくことで多額の未払い残業代が発生する上に利息が発生することになるのです。
また、注意しなければならないのは、Xさんのようにうつ病で休職となった場合です。
会社が従業員に対して長時間労働を行わせた結果、従業員がうつ病となれば、会社に安全配慮義務違反が認められ、休業期間中も損害賠償責任を負うことになります。
具体的には、Xさんの月例給与が残業代込みで45万円の場合、その4割にあたる18万円を毎月会社が賠償責任を負う場合が多いです。
休業期間中に毎月18万円、年間にして216万円の賠償責任を負うことになるのです。会社が上記のような賠償責任を負うことは会社経営にも大きな打撃を与えます。
加えて、会社が労働時間管理を行なっていない場合、訴訟で会社は不利な立場に立たされます。
● テレワーク実施前後のY社の状況と問題点
Y社はテレワーク以前、残業代30時間分を定額で支給する一方で、労働時間管理も行なっていませんでした。このように労働時間管理を全く行なっていない会社は決して珍しくなく、とりわけ中小企業に多いです。
2019年4月の労働安全衛生法改正によって、「企業が従業員の労働時間を客観的に把握しておくこと」を義務化しており、この義務は企業規模に関係なく、従業員を雇うすべての企業が対象となり、遵守しなければ法律違反ということになります。
ただ、法律違反にとどまらず、後述するように訴訟でもとても不利に働くことに注意が必要です。
テレワーク実施以前のY社では、社長及び従業員同士が面と向かって業務を行なっているため、多少の残業があっても、お互いに業務を分担するなどして、意思疎通を図りながら仕事を行なっていました。
そのため、従業員の体調の異変にもすぐに気づくことができ、Xさんのようにうつ病となる従業員が発生することを未然に防げていたかもしれません。
しかしながら、テレワークが開始すると従業員間の意思疎通は主にメールとなり、Y社では従業員がどれだけ働いているかの把握することができなくなってしまったのです。
その結果、Xさんのような従業員が出てしまったのです。
● 労働時間管理を怠っていると・・・
XさんとY社との訴訟では、実際にテレワーク期間中にXさんが長時間労働を行なっていたのかが問題となりました。
Xさんが長時間労働の証拠としたのは本人の手帳に記された始業・終業時刻と業務用パソコンのログイン・ログオフ記録です。
一方でY社は「手帳は本人が作成したもので信用できない」「テレワーク時も家にいたのだから休憩を多くとっていたはずだ」と主張しました。
このようなケースで裁判所は、「企業が従業員の労働時間を客観的に把握しておくこと」という法律上の義務をY社が果たしていない以上、Xさんの主張に沿って判断していくことになることが多いです(実際の訴訟でもXさんの主張のとおりになりました)。
このように労働時間管理を行なっていなければ、従業員の主張とおりの労働時間が認められる可能性が高まります。
また、労働時間管理を行なっていれば、先述のようにXさんの残業代が多額にわたることもなく、長時間労働でXさんがうつ病となることを防止でき、Y社が賠償責任を負うこともありません。
● テレワーク時の労働時間の管理はどのように行うべきか
では、テレワークにおいて会社は従業員の労働時間をどのように管理すればよいのでしょうか。
今回のY社のように平時も労働時間管理をしていない会社はさておき、テレワーク時のみは労働時間管理を行なっていないという会社も多々あります。
厚生労働省が公表している「テレワーク実施のガイドライン」(https://www.mhlw.go.jp/content/000759469.pdf)では、「労働者がテレワークに使用する情報通信機器の使用時間の記録等により、労働時間を把握すること」が推奨されています。具体的には業務用で貸与しているパソコンの使用時間をもとに労働時間管理をすることです。
また、ガイドラインでは「労働者の自己申告により労働時間を簡便に把握する方法としては、例えば一日の終業時に、始業時刻及び終業時刻をメール等にて報告させるといった方法を用いることが考えられる。」として、メールでの始業・終業報告をもとに労働時間管理を行うことを挙げています。
● モニタリングには注意が必要
このようにパソコンなどの電子機器の起動時間やメールの申告をもとに労働時間管理を行うことが望ましく、むしろこれらの方法を行なっていない場合には、Y社のように多額の賠償金が発生することがありうるのです。
他方でテレワーク中の従業員の勤務状況を逐一モニタリングするという会社もあるようです。このようなモニタリングは従業員の自宅というプライバシー空間に侵入するという点でハラスメントと評価される可能性があるため、注意が必要です。
● テレワーク時の「中抜け時間」の取り扱い
就業時間中に、従業員の都合によっていったん業務から離れ、再び業務に戻るまでの時間を「中抜け時間」といいます。
このタイミングに「子どもの保育園の送迎」「夕食を済ませて業務再開」などとして、従業員が個々の用事を済まして、再び業務に戻ってくることがあります。
テレワークにはこの中抜け時間が発生することが多いのですが、この中抜け時間の取り扱いは「休憩時間」とする、「時間単位の有給休暇」とする、「終業時間を1時間繰り下げる」など、さまざまな対応が考えられます。なお、「時間単位の有給休暇」とする場合には、あらかじめ労使協定の締結が必要となります。
(協定の雛形:https://www.mhlw.go.jp/content/000560872.pdf)
これらの取り扱いについては、あらかじめ会社が就業規則などで定めておけば、中抜け時間の曖昧な取り扱いが回避され、未然に紛争を防止することができます。
● 最後に
本記事では会社が労働時間管理を行なっていない場合にどのような不利益を被るかを説明してきました。労働時間管理はテレワークに限らず、日頃から行なっておくことで長時間労働を防ぎ、紛争の発生を回避できるのみならず、仮に紛争が発生した場合にも会社を守ることになります。
是非、本記事で紹介した事例が対岸の火事となるように、事業者の皆様には積極的に労働時間管理を行なっていただけたらと思います。