心理的安全性の誤解と活用【知ってるつもり?職場の定番施策再入門 Vol.2】
Google社の研究発表などを契機に、多くの企業がチームのパフォーマンス向上を目的として「心理的安全性」に注目するようになりました。実際にさまざまな企業で実務への活用が進んでいる一方で、概念が広く普及した結果、各社の独自の解釈が先行し「学術的な本来の定義や効果とズレが生じている」といった課題も見受けられます。そこで本稿では、実務と学術知見の間で生じやすい“2つのズレ”を解き明かしたうえで、マネジメントにおける実践への示唆や留意すべきポイントについて解説していきます。
【過去のコラムはこちら!第1回】
心理的安全性は、Google社が自社のチームのパフォーマンス向上のための重要な要素であることを明らかにして以来、産業界で大きな注目を集めるようになった概念です。学術研究もかなりの数発表されており、様々な知見が積み上げられつつあります。
魅力的な概念であるため実務での活用も進んでおり、心理的安全性の高い職場を目指す日本企業も多いようです。その結果、概念の理解と活用にはかなりのばらつきが生じています。何を正解とするかは、各社、各個人の解釈であってよいと思いますが、実務での活用においては、自らの解釈と、学術知見との違いを理解したうえで活用することが必要です。本コラムでは、それらをできるだけわかりやすく説明したいと思います。
実務での活用において、学術知見とのずれを感じるポイントは2つあります。
一つは概念定義にまつわるものです。この領域の第一人者であるEdmondson(※1)の「心理的安全性とは、チームにおいて、他のメンバーが自分が発言することを恥じたり、拒絶したり、罰をあたえるようなことをしないという確信をもっている状態であり、チームは対人リスクをとるのに安全な場所であるとの信念がメンバー間で共有された状態」との定義が、学術的には良く用いられます。
この心理的安全性の定義文の重要な要素は、対人リスクがなく安心して発言できることと、信念がメンバー間で共有されていることになります。前者は実務場面でも誤解なく理解されていますが、後者は研究者でも認識が不十分なこともある難しい観点です。
もう一つのずれを感じるポイントは、心理的安全性の効果に関するものです。
安全性という言葉の響きから、実務では人間関係ストレスの軽減を効果と考えることが見受けられますが、初期の心理的安全性の研究は、「情報の共有」「職場学習」「創造性」などを効果として想定していました。
以降では、前述した2つのポイントごとに、実務での活用においてずれがどのように問題になるのかを説明したうえで、マネジメントにおける、実践への示唆を整理します。
1つ目のポイント:概念定義のずれ
「心理的安全性の感じ方が、集団で共有されている状態」とはどういうことでしょうか。仮に、5名のメンバーからなる2つの職場A、Bがあるとします。
職場Aでは自職場の心理的安全性に対する5名の評定はそれぞれ、1、2、5、6、6、でばらつきが大きい。職場Bではそれぞれ、3、4、4、4、5、でばらつきが小さい。
どちらの職場も5名の評定平均は4点ですが、ばらつきの大きさからは、職場Aの心理的安全性は共有の程度が低く、職場Bは共有の程度が高いことがわかります。
実務場面でサーベイを用いて心理的安全性の測定を行い、平均値を用いて職場の評価を行うと、このようなばらつきは見えなくなります。
また、ある職場の一部の人、例えば心理的安全性を高く感じている人だけに話を聞いても、その職場の心理的安全性が高いかどうかはわからないということになります。
実際に、ある組織で行った調査では、同一職場のメンバーの心理的安全性がばらつくと、心理的安全性の平均点が低くなる傾向が確認されています(※2 今城&藤村)。
つまり上記の職場Aのようなケースは存在しにくいということです。考えてみれば、自分はそうでなくても、いつも発言を遠慮しているメンバーがいることに気づくと、職場の心理的安全性は高いと感じられなくなるでしょう。
ばらつきが大きい場合、職場メンバーは心理的安全性の高い人よりも低い人の存在に意識が向きやすくなり、結果として職場全体の心理的安全性への評価が下がる傾向があると考えられます。
2つ目のポイント:心理的安全性の効果
心理的安全性の効果に関する実証研究からは、情報の共有や学習行動の他に「エンゲージメント」「職務満足度」などの、職場における望ましい結果との関連が確認されています(※3 Frazier, Fainshmidt, Klinger, Pezeshkan, & Vracheva)。こちらの分析にも、ストレスやメンタルヘルスに関する変数は含まれていませんが、後のレビューではメンタルヘルスに関連する変数と望ましい関連を示す研究が紹介されています(※4 Edmondson & Bransby)。
心理的安全性の効果に関するずれの問題は、期待する効果によって、心理的安全性が効果をもたらすプロセスが異なる点に起因します。職場における学習が情報の共有によって促進されるというのはわかりやすい例ですが、心理的安全性によってエンゲージメントがどのように高まるのかは、必ずしも明確ではありません。例えば自分の考えを発言することで、仕事へのエンゲージメントは上がるのでしょうか。もともと仕事へのエンゲージメントがある程度高い人が、自分の仕事に関する発言を行い、その発言に周囲が耳を傾けてくれたら、エンゲージメントは高まる気がします。
しかし、異なる条件のもとでの発言が、エンゲージメントを高めるとは限りません。メンタルヘルスに関しても、心理的安全性の高さが職場でのコミュニケーションを円滑にすることで人間関係が良くなれば、人間関係でストレスを感じていた人にとっては良い効果になりますが、やはり効果は特定の条件下に限定されます。心理的安全性が効果をもたらすプロセスは、期待する効果はもちろん、同じ効果であったとしても一義に決まらないのです。
効果に至るまでのプロセスの違いは、取り組みをデザインする際に影響を及ぼします。エンゲージメントを高める際の発言を引き出す取り組みと、職場の人間関係をよくするための発言を引き出すための取り組みは異なるということです。
※3:フレイジャー、ファインシュミット、クリンガー、ペゼシュカン、ブラチェバによる2017年の研究。過去の心理的安全性に関する膨大な実証研究を統合・分析(メタ分析)し、エンゲージメントや職務満足度などへのポジティブな効果を実証した。
※4:エドモンドソンとブランズビーによる2023年のレビュー論文。心理的安全性のこれまでの研究動向を網羅的に総括し、近年注目されるメンタルヘルスやウェルビーイングとの関連についても言及している。
実践に向けて
心理的安全性の概念を用いた課題解決のための取り組みにおいては、以下の3点を考慮することが重要になります。
1点目は、課題解決を考える際に心理的安全性の概念を用いることが適切かです。心理的安全性の効果は、対人リスクの軽減によって、発言を中心とした行動を促進することで得られます。
さらに定義に従うならば、集団で心理的安全性は共有される必要があります。例えば医療現場での安心安全向上のために、現場の人間からリスクに関する情報を収集したいと考えたとします。同僚から責められるかもしれない、同僚に迷惑がかかるかもしれないといった懸念から、発言しにくくなっていると想定される場合は、職場のみんなが心理的安全性を感じることが効果的だと思われます。
一方で発言しない理由が、報告の重要性を感じてないといった場合は、別の問題になります。
2点目は、具体的な取り組みの方法を検討することです。どうすれば、対人リスクはない、あるいは取っても大丈夫という認識を、職場メンバーみんなに持ってもらうことができるでしょうか。
心理的安全性は単に、何を言ってもよい、何をやっても許されるということではありません。ここで、誰のどのような発言を引き出したいのかを具体的に考えることが必要になります。医療現場の例で、相対的に発言リスクを感じやすい看護師や検査技師からの発言を引き出したいとします。「大したことではないかもしれないが、こんなことが気になる」といった情報を広く集める場合、普段の会話が良いのか、そのための機会を設けるのか、その場に対人リスクを感じる対象としての医者や管理職がいる方が良いのか、いない方が良いのか、なども考えなくてはいけません。
心理面への効果をねらった取り組みは難しく、感じ方には個人差があるため、小規模に行って様子を見たうえで、本格的な取り組みに移行することが望ましいと言えます。
3点目は、取り組みの効果の検証とモニタリングです。多くの場合、効果の検証や必要に応じたチューニングは、複数回行います。医療現場の例で、特定の医者に関する情報のみ上がってきづらいことがわかれば、追加の情報収集が必要かもしれません。
また、自分が医療スタッフから間違いを指摘される可能性を感じた医者の心理的安全性は下がってしまうかもしれません。職場全体の心理的安全性を定期的にモニタリングすることで、安定した効果を得ることが可能になるのです。










