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表裏の関係にある「女性差別」と「女性活躍」。実のある「活躍」時代へ向け今できること(前編)

2019.07.03
正木 伸城

気づかれない差別思想。しかし「見えにくい」だけで「ない」わけではない

 「女性活躍」が言われ始めたとき、わたしは心して「活躍」という語を使ったほうがいいと感じた。このフレーズが必要になった原因の多くが、男性の影響によると思ったからだ。はなからの断言は憚られるけれど、「女性活躍」という考えは、女性への偏見・差別にもとづく思想と表裏の関係にある。しかしそれを自覚している男性は少ない。「女性活躍」の表現に「欺瞞性」を受けとっている男性もたぶん少ない。

 今回わたしが語りだすことは「女性活躍」と「女性差別」のあいだに看取できるセンシティブな関係にかんすることである。耳を傾けていただければ嬉しい。
 女性差別というと、構える人もいるだろう。差別を肯定する話こそ日常で目にすることはまずないものの、じつは差別は、文化・制度・人の言動等そこかしこに根をはっていて、しかも人びとに自覚されないことも多い。

 わたしの(差別につながる行為をした側の)エピソードから具体例をとき起こそう。
 数年前、家の購入を検討したときのこと。当時、乳児だったわが子をつれ、わたしたち一家は住宅展示場へ。土地探しのなかで複数の候補地について語り合った。その際、想像を超える細かな要素に配慮しつつ妻が議論を始めたので、わたしは驚いてしまった。
 わたしが主な検討材料にしたのは、土地の広さ・価格等の土地にまつわる属性から、治安、交通上の安全、最寄り駅との距離、景観、病院の位置など。一方の妻は、近くのスーパーの場所や品ぞろえ、営業時間、街ゆく人びとの表情から、夜になったときや季節が変わったとき周囲の環境はどう変化するか、子どもが幼稚園や学校に通い始めたときの通学路はどうか、学校は近いか、遊ぶのに危険なところが近くにないか等を考慮していた。正直、わたしがあまり考えたことのなかった意見が、かなり出た。

 いちばんは「子育て」にかんすることだ。申し訳ないことに「子どもの進学」という未来をわたしは土地選定でほとんど顧慮しなかった。なぜか。未来の子育てを無意識のうちに妻に「お任せ」していたからだ。子育てに対する妻の切迫感は次元がちがっていた。イクメンが求められて久しいなか、わたしも意識をもって家庭参画に努めてきたつもりだった。しかし、性別や性格のちがいでは説明できないほどにわたしと妻とでは子育て意識が異なった。
 理屈では「いま専業主婦の妻も、やがて復職するかも」と思っていた(そういう話もしていた)けれど、わたしはその考えをも勝手に崩した。端的にわたしは「妻は、これからもずっと家にいる(はず)」と無意識に想定していたのである。
 この前提にしたがって家の土地選びを進めれば、ささいな感情のもつれから「妻は家にいるはず」というわたしの観念は、これまた無意識のうちに「家にいるべき」といった「べき論」に変わり、自己正当化の言葉として妻にぶつけられたかもしれない。「復職するかも」を「復職しないでしょ」に勝手にすり替えるわたしの思考傾向からして、考えうることである。

 こうして、わたしの女性差別的なものが前景化した。
 「女性は家にいるべき」といった固定観念は、依然わたしのなかに根づいている。
 現代の若者のあいだでも、女性が育児や家事をして「すごいね」と讃えられることはあまりないのに、男性が同じことをすると讃えられ、「いい旦那さんだね」などと夫人が語りかけられるシーンを目にする。
 また、それとは別に先般こんなツイートも見かけた。
 「『妻が飲み歩いて育児放棄で父親が育児をしている家庭が増えてる』なんてリプを見かけたのだが……妻が飲みに行くと育児放棄で、夫が飲みに行くのは育児放棄ではないのか?どういう意図なんだろう??別に親のどちらかが育児をしているのならとりあえず『育児放棄』ではないだろう…」(※1)
 これらもステレオタイプのあらわれといえる。
 このように、わたしたちは「女性差別」につながる前提をもとにコミュニケーションをとっている。差別は「見えにくい」だけであって、「ない」わけではないのだ。

 男女の「区別」は、男女それぞれの特性を活かすうえでときに有用だが、男女のあいだを仕切る「上げ下げ可能な遮断器」は、ときに「べき論」によって「裁断機」と化す。本来、地続きであるはずの、けっして「男」「女」で切り分けられない男性と女性の多様な「あいだがら」は(ということを理解している人も意外と多くはない)、裁断機によって寸断されれば「埋めがたき溝」と人に映る。それは「女って(男って)こうだよね」という固定観念を生み、「べき論」につながり、そして差別へと変わっていく。そんな悲劇は枚挙にいとまがない。

男女格差・女性差別・女性の貧困は存在している

 2015年、「女性活躍推進法」が施行。安倍政権は「女性が輝く社会へ」と発信しはじめた。しかし「女性が輝く」と喧伝されることに「正直、イラッとした」という女性は多い(※2)。なぜなら、政府の「女性活躍」という表現から、女性がこれまで輝いてこなかったかのような趣旨と、「輝く=家を出て働く」→「女性を労働力としてしか見ていない」といった前提が感じられるからだ。
 女性が、活躍してこなかっ...

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