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「イノベーション無きは死」(ドラッカー)に戦慄。「じゃあ、どうすれば起こるの?」に応える(後編)

超・基本。何がしたいのか、まずは目的を明確に

 前回「固定観念は見えにくい」という話をした。
 実業家・沢渡あまねさんは近著で、「この化石みたいな仕事、要る?」と言いたくなる業務のムダが、「見えないところにも意外とたくさんある」ことを指摘した。そして彼は、本来の業務がムダに振り回されるさまを「仕事ごっこ」と表現した(※1)。
 それに似た形で、先日メディアに「オープンイノベーションごっこ」という見出しも躍った(※2)。同記事いわく、イノベーション促進についてアドバイスを求める顧客は、よくこう聞いてくるという。
 「何かできませんか? 何かやりたいんです」
 しかし漠然とそう言われても、コンサル的に何かしようにも困惑してしまう。しかも、実際にアイデアを出すと
 「持ち帰ります」
 と言われるらしい(「オープンイノベーションあるある」と揶揄されていた<※3>)。たぶん、相談する側が「『何』を生むためにイノベーションをするのか?」という問いを意識せず、「イノベーションをすれば『何』かが生まれる」と淡い期待を抱いているからだろう(「何」に対するアプローチが両者で正反対だ)。
 イノベーション推進の会議といえば「制約にとらわれず、自由に意見を出し合う」的な「ごった煮良し」のイメージがあるけれど、「何のためのイノベーションか」が鮮明でないと、ただのカオスで終わる可能性が高い。大事なのは「本業をより伸ばすために新しいテクノロジーを取り込みたいのか、周辺事業を取り込みたいのか、飛び地に行きたいのか。目的意識をトップのレイヤーでしっかり決めて、オープンイノベーションの現場に落と」(※4)すことである。
 イノベーションは「これがしたい」の手段にすぎない。

固定観念をほぐす「困難さ」を知ることが大切

 さて、では固定観念をどう「ほぐす」かの話をしよう。心にとどめておかなければならないことがわずかながら、ある。今回はその提示を着地点としたい。
 いきなりだが、結論から申し上げる。
 構えとして大事なのは、まず固定観念の「ほぐしがたさ」を自覚することである。
 以前、「差別克服の難しさに戦慄することが差別に向かう態度として大事」という話をしたけれど、固定観念に向けるべき態度もそれに似ている。しかし、今回はそこから一歩踏み出す。
 続いて大切にしたいのが、ある観念を「ああ、これ、固定観念だわ」と理解することである。「気づき」や「固定観念の対象化」と換言してもいい。離れたところから眺めるように観念をとらえなおす、そんな相対化がすべての始まりになる。
 前編でのべたように、「海は青い」という固定観念は、日本人? のなかに根強い。しかし、そんな人たちが「海といえば黒でしょ」「緑でしょ」と強く思い込んでいる人たちと交流すると、どうなるか。「えっ!? そんな考え方、あるの?」という驚きとともに、「海は青い」という価値観の「絶対さ」が揺らぐ。相対化される。あるいは一方で「いや、海は青い『はず』」との思い込みに執着する自分とも向き合うかもしれない。そのうちに、「海は青だ」「黒だ」「緑だ」といった結論から一歩下がって「海は何色かであって、何色かでない」という「海の色を限定せず、吟味の可能性をいつも持っておく」というスタイルが生まれる。これが「固定観念の対象化」だ。
 繰り返しになるけれど、大切なのは、そうした経験をとおして自身の思い込みの「固さ」「動かしがたさ」を感じることである。イノベーションの壁の高さを知れば、コンサルに相談した時に「何かできませんか? 何かやりたいんです」とは口が裂けても言えない。
 「困難さ」を知る人は、信頼できる。
 たとえば、登山。アルピニスト野口健さんは、山の恐ろしさを知り、「臆病な自分」を心に持てる登山者を信頼し、手ばなしに無知な登山者には警句を発する。「登山をなめてはいけません」「僕も知らない山へ行くときはガイドをお願いすることもあります」(※5)
 ファッショナブルに、気軽に登山する人が増加し、遭難事故等が近年急増している。山登りの敷居が低くなることは一面良いかもしれないが、「山を知り、(体力等)おのれを知る」ことも推奨されなければならない。山を対象化し、山の難易度と自身の能力を比較考量することは有意義だ。それがあって山登りの創造性は開花するし、その人は信頼される登山家となる。
 イノベーションにもこれに似たところがある。
 イノベーションに失敗しても命にかかわることは(たぶん)ないけれど、イノベーションを「なめてる」状態はよろしくない。それではイノベーターにはなれないし、育むこともできない。
 

偶然さ。セレンディピティ。「人・本・旅」。それで土壌づくり

 では、である。「固定観念の対象化」はどうすれば可能になるのか。
 必須なのは、「偶然の」ものごととの出合いを増やすことである。「セレンディピティ」=「偶然の結果に着目し、価値のあるものを見つけること」(※6)だ。セレンディピティのフックが豊富にちりばめられた環境に出向くこと、ふれること、そんな環境つくることがイノベーションの肝になる。
 実業家・出口治明さんは「人・本・旅」を勧めている(※7)。

 ①人と会え……特に異なる価値観をもつ人と積極的に会いなさい
 ②本を読め……食わず嫌いをやめてボーダレスに読書しなさい
 ③旅をせよ……色々な場所に足を運び、想像を出る現場を知りなさい
 
 たぶん、あなたの価値観を広げてくれるのは、考え方の違う人だ。多彩な価値観をもつ友だちが多い人は、知見や思考も広い傾向にあると言われる(※8)。なぜなら、あなたにとって「ふつう」でない人、「ふつう」でない情報、「ふつう」でない場所は、「予期せぬことがら=偶然的なことがら」に出合う確率が高いからだ。「ふつう」ではのみ込めない事況に出合った時、あなたは考えの幅を広げて、その「偶然さ」を受け容れようとする(か、のみ込みを拒否しようとする)。その瞬間、あなたのなかで「ふつう」が「ふつうでなかった」ととらえ返され、ひいては「固定観念にとらわれていた自分」が意識できる=「固定観念の対象化」ができるようになる。
 ちなみに、「偶然さ」を認める企業文化をつくるには、ある程度の「余裕」や「バッファ」が必要になる。なぜなら、偶然性のウエイトが大きいために、「固定観念の対象化」は端的に管理できず、意図的に起こすこともできないからだ。「失敗やら何やらを見守り、待つ」といったことも必須となる。
 また、イノベーティブなことがらは「後から」あれって革新的だったよね、と気づかれるという性質をもつ。事前に「この人からイノベーションが起きる」とわかるものではない(そりゃそうだ)。だから、才能ある人への「選択と集中」的な先行投資もできない。できることといえば、ゆるやかにつながる人々のカオスな関係性に資源を投下すること=「イノベーションが起きやすい環境・土壌をつくること」だろう。
 イノベーションを求める時に、「この施策でイノベーションは起こるのか?」と確実性を問うのは陳腐だ。確実性が担保されないからこそイノベーティブになる可能性が開かれることを理解したい。

「前例主義」「現状維持」脱却に大切なのは「正解」ではなく「問い」

 イノベーションの敵としてよく指摘されるのが「前例主義」と「現状維持」である(※9)。過去の成功体験にしたがって「次も同じことをしよう」と人は言いたくなる。前例や現状を正しい「答え」だとして、人はその「答え」へのこだわりを変えようとしない。この態度もまた、イノベーションにとって致命的によくない。
 変えないほうがいいのは、「答え」ではなく「問い」である。
 前回も引用したクリステンセンがこのことを示した。『ジョブ理論』で彼は、「ジョブ」を「ある特定のシチュエーションのなかで人がなしとげようとする進歩」と定義し、それを問う必要を語った(※10)。
 たとえば、マーケティング界には「ドリルを買いに来た人が欲しいのは、ドリルではなく『穴』」である、という格言がある(※11)。この至言には「○○インチのドリルがたくさん売れたけれど、これは○○インチのドリルを客が欲しがったからではなく、『○○インチの穴をあけたい』と客が欲したからだ」と考えよ、というメッセージが込められている。企業は、ともすると「ドリルが売れた=客が欲しいのはドリルだ」と思いがちだ。しかし「客が求めているものは何か?」を問い続けると、しばしば違った答えが出る。この場合の「穴をあけたい」が、クリステンセンの言う「ジョブ」にあたる。このジョブを起点に考え出せば、むしろ「ソリューションになるなら必ずしもドリルでなくてもいい」と判断する余地もでてくる(最近でも、「快適な睡眠=布団を充実させる」といった固定観念を打破し、「新しい布団の開発依頼があったとき/布団がベストとはまったく思えませんでした」「布団じゃなくて、うどんでいい」で爆発的ヒット寝具「睡眠用うどん」が考案された<※12>事例が想起できる)。
 イノベーションにつながる「問い」を揺るがず追求することが大切だ。同書は、本質的な問い方を体系的に示している。ちなみに作家・山口周さんも、「正解を探す人ではなく、問いを探す人」「革新的な答えより、優れた課題」が重要度を増していると分析している(※13)。
 もう一つ、『ジョブ理論』が教えているポイントがある。それは、いったん出た答えに安住しないということだ。
 先に紹介した「ジョブ」の定義に「ある特定のシチュエーションのなかで」とあった。実は、あらゆる「答え」は、ある時系列の、ある状況においては素晴らしい「答え」になるけれど、他のTPOにさらされればすぐ最適でなくなる可能性を秘めている。答えの「正しさ」はひどく限定的なのだ。
 こういった理路をおさえ、イノベーションに役立ててほしい。
 最後に確認。
 イノベーションを妨げる固定観念は誰もが持っている。しかしそれは自覚されにくいので、固定観念を払いつつ、一方で「僕・私は固定観念をもっている」という固定観念は逆に大切にしよう、という意識はもったほうがいいかもしれない。
 固定観念を持っているという固定観念を持つことで固定観念をほぐす、ということだ。
 何だか「とんち」みたいな話だけれど、「屏風の虎」などで有名な一休さんが「イノベーティブなとんち」を語ったことを思うと、まあこういう話も意味があるのかなと淡い期待を抱くのである。
 それから、イノベーションはイノベーターだけが主役的であっては基本、成り立たないことも確認したい。イノベーションは組織的に行うべきだ。創発的な環境づくりやそれを管理する人、稟議等を経て発案を形にする人、イノベーティブな点をわかりやすく他に伝える人等々がいなければ、対策は十分ではない。皆で「お互いさま」的に支え合う組織も目指したい。

[脚注]
(※1)沢渡あまね『仕事ごっこ』技術評論社、2019年
(※2)「『オープンイノベーションごっこ』にしないために」Cnet Japan
    https://japan.cnet.com/article/35142598/
(※3)同上
(※4)同上
(※5)「8/11『山の日』によせて。」、「2030 SDGsで変える」サイトから、Powered by 朝日新聞
    https://miraimedia.asahi.com/yamanohi_1/
(※6)伊丹敬之『イノベーションを興す』日本経済新聞出版社、2009年
(※7)出口治明『知的生産術』日本実業出版社、2019年など
(※8)マーク・グラノヴェター「弱い紐帯の強さ」大岡栄美訳、『リーディングス ネットワーク論』所収、勁草書房、2006年の考察より
(※9)西口尚宏ほか『イノベーターになる』日本経済新聞出版社、2018年ほか
(※10)クレイトン・M・クリステンセンほか『ジョブ理論』依田光江訳、ハーパーコリンズ・ ジャパン、2017年、要旨
(※11)野上眞一『マーケティング用語図鑑』新星出版社、2017年
(※12)悟空のきもち「睡眠用うどん」ページ
    https://goku-nokimochi.com/udon/
(※13)山口周『ニュータイプの時代』ダイヤモンド社、2019年、要旨