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英語圏で89%の読者が絶賛したビジネス書が日本で賛否わかれた謎。追究したら日本人の変わったビジネス癖が見えてくる?

 アメリカで流行したビジネス書『The Third Door』はAmazonレビューで90%の読者が5つ星をつけた本だ(2019年10月10日時点)。同書は本年『サードドア』の訳で日本でも出版された。しかし日本での反響は対照的だった。Amazon上での賛否はわかれ、辛辣な意見も多くでた。両国での反応の違いは鮮明だ。
 なぜ、このような差異が生まれたのだろうか。
 試みに近年ヒットした『FACTFULNESS』(※1)も調べてみた。すると、アメリカでは同書が「5つ星」80%を獲得していたのに対し、日本ではこれまた賛否がわかれていた。
 不思議である。
 なぜこうなってしまったのだろう。
 私は、スタジオジブリの映画「千と千尋の神隠し」が欧米で予想よりヒットしなかったことを思いだした。共通点があるかもしれない。
 本稿では、この違いを取り上げる。素材は書籍『サードドア』。この検討によって、ひょっとしたら日本人に顕著な「ビジネス癖」が見つかるかもしれない。癖がわかれば、ビジネスにおける日本人の弱点も明らかにできる。
 未知の「密林」のとば口へ、おつきあいいただきたい。

ビジネス書『サードドア』に関するネガポジ両意見の内容とは

 繰り返しになるけれど、日本映画の興行収入ランキングで歴代1位を独走する「千と千尋の神隠し」(※2)が、かつて欧米で想定外な反応に見舞われた。その時にさまざまな界隈で、「アメリカは一神教の国」「日本は多神教的な八百万(やおよろず)の神の国」といった宗教的背景や国民性の違いがフォーカスされた。
 『サードドア』への反応の差異も、これに似たものかもしれない。
 同書は、ビル・ゲイツやウォーレン・バフェット、レディー・ガガ、スピルバーグなどに直接インタビューを敢行し、出版しようという「無謀」な夢を抱いた一介の学生アレックス・バナヤン(著者)の苦節を描いた作品である。スーパーセレブに接近するさまがドキュメンタリー的に記され、しびれる展開も多い。インタビュー時に大物たちが語る名言も魅力的だ。また、本書全体をとおしたメッセージ、すなわち、ビジネスの成功を求めて人々が殺到する「よくある成功への道=第1、第2のドア」ではなく、いつもそばにあって大切な成功要素なのに、なぜか気づかれない「第3のドア」がそこかしこにあるよ、という示唆が、読者を高評価させずにおかない。
 まず、Amazon.co.jpに寄せられた日本の60レビュー(2019年10月10日時点)を参照しよう。はじめにポジティブな感想から。主張の要素はおおむね以下の3つにまとめられる。

 ・小説のように描かれたスリルある著者の体験談が面白い。
 ・無名の人が著名人に近づくためにひねりだす知恵が興味深い。
 ・トライ&エラー的な挑戦がすばらしい。

 そして多くの高評価レビュワーたちは、ある仮説を立てた。「この本は、挑戦する人、挑戦してきた人により響く内容かもしれない」――。
 一方、ネガティブな感想は大要3要素にまとめられる。

 ・失敗談が多く、得られるものがない。
 ・有名でもない人の自伝に価値を感じない。
 ・内容が薄く、これを読んで何かが変わるとは思えない。

 なかには「アメリカと日本では文化が違うから、全然響かなかった」といった趣旨のレビューもあった。
 いかがだろうか。率直にどんな感想をもっただろうか。

一方のアメリカ、イギリス、カナダ等々の反応は……?

一方のアメリカ、イギリス、カナダ等々の反応は……?

 確かにアメリカと日本で文化は違う。だから、同じ内容を読んでも感想が両国で異なる傾向をもつことは十分あり得る。「国民性とレビューは関係がない」と言い切ることは難しい。だが一方で、著者がアメリカ文化の体現者であるわけでもなく、もちろんレビュワーが国民の「代表」であるわけでもない。古今東西に時代や地域をこえて読みつがれる書物が多数存在することを思うと、「文化の違い」でかんたんに済ませるわけにはいかない気もする。
 実はこの感懐は、同書に対するアメリカのレビューを見ても感じる。
 『The Third Door』はAmazon.comでどう評価されているのか? 411のレビュー(10月10日時点)を読んだ。結論的には、何とポジティブな感想、ネガティブな感想ともに日本とほぼ同じだったのである(でも、車で本を「聞く」とか、日本人が絶対しないような褒め方をする人は結構いた)。
 感想の「内容」における違いは、あまりない。
 ただ、感想のなかでどの「要素」がよく語られるかの「程度」にはかなりの違いがあった。アメリカでは「なんだこの本、失敗談ばかりじゃないか」と書く人はほとんどいない。程度に着目すれば、国民性の差異の議論に役立つ情報も得られそうだ。
 ちなみに『The Third Door』は、イギリスでは78%、カナダでは82%、インドでは90%のレビュワーが「5つ星」をつけている。オーストラリアは何と100%だった(いずれも10月10日時点、オーストラリアは6レビューしかなかったけど)。
 この文脈でいうと「賛否両論がかまびすしく並存」という日本は、割とレアといえそうだ。

「カリスマは失敗しない」的な願望をビジネス書に適用したがる癖

 『サードドア』に対しネガティブな人が多いという様態は、日本の特徴かもしれない。これは何を意味するだろうか。
 ふだんなら色々分析しつつ結論を導出するわたしだが、今回はもう結論を言ってしまう。
 端的に言って、日本人はビジネス書に「夢」を見ている。
 
 ……夢って何さ? と思われるかもしれない。話を具体的にしよう。
 日本人はビジネス書に以下の要素を強く期待する傾向にある。
 
 ① 正解や答えが示されているはず。
 ② 有名な人、成功した人の本だから価値があるはず。
 ③ 読了後には自分の何かが変わっているはず。
 
 これが、夢の中身だ。
 先般、ロックバンド・GLAYのギタリスト・TAKUROさんのリーダー論(※3)がバズった(流行した)。「Twitterのトレンド上位に一時、同記事のキーワードがいくつも並んだ」といえば、SNSユーザーなら反響の大きさがわかるだろう。そのなかでTAKUROさんは次のように述べている。
 「みんな、『この人なら絶対大丈夫』って安心できるような、圧倒的な存在が欲しいんだよ」
 「カリスマと呼ばれる人たちだって他の人と同じように、成功以上に失敗しまくってるわけ。だけどみんなは彼らにカリスマでいてほしいから、『失敗』を見ようとせず、『成功して当たり前』と一方的に期待するんだよね」(※4)
 この言葉に多くの読者が反応した。否定的なものはほとんどなく、多くは共感とともに「目を見開かされた」といった気づきが喜びの声となって、SNSのタイムラインに反映された。
 TAKUROさんの指摘は鋭い。
そうなのだ。日本人の多くは、他のなにものかに「成功」を求め、なにものかを信じ、なにものかに自らを「変えてもらいたい」と願っている。そして、自分を変えてくれるその「なにものか」は完全(≒カリスマ)であればあるほど良く、それゆえ「失敗」は許されないとみなされる。
 極端に言えば、日本人は上記に似たものをビジネス書にも期待し、「頼りになるビジネス書であってくれ」という夢を見ている。だから、失敗のエピソードが並ぶと「これ、読んで意味あるの?」と言い、「そもそも書き手が無名じゃん」「これ読んでも何も変化しないよ」と、裏切られた感をもって判断するのである(全部が全部ではないが)。
 わたしは、それが「悪い」とは思わない。「『サードドア』を酷評する人はセンスがない」とか、そんなことはない。
 しかし比較的そういった人が多いという日本人の傾向はビジネスの慣習にも反映されているはずで、そこから日本人のビジネス上の弱点(あるいは強み)が見えてくるのでは? という類推も吟味する価値はあると思う。

「失敗を成功の糧に」的なテンプレを語り直した斬新さに気づかない人

「失敗を成功の糧に」的なテンプレを語り直した斬新さに気づかない人

 わたしは『サードドア』の感想を個人的にSNSにアップした際に「2ちゃんねる」設立者・ひろゆきさんが同書について語った言葉を引用した。以下がそれだ。
 「ウォーレン・バフェットの株主総会で質問するときのエピソードも面白いですよね。まずは質問者になるために、くじ引きに当選しなければならない。そこでアレックス・バナヤンは、会場の人数配置を観察して、当選しやすいのは熱心な人々が押し寄せる前のほうのブロックではなく、2階席のあのブロックだと考える。冷静に考えれば誰にでもわかることですよね。だけど、ボーッと動いてしまう人が多いんですよ」(※5)
 これに対し、わたしはこう付言した。
 「要は『熱心な聴講者が集まる前方エリアはくじに参加する人が多いだろうけれど、2階席くらいになると受け身な人が多くて、くじに参加する人も少ないはず。なら、当選確率も2階席のほうが高まるだろう』というシンプルな推論を採用したという話だ。だが、これに気づかない人が多いという。考えれば誰にでもわかるようなシンプルなこと。でも気づかれないこと。まさに『いつだってそこにあるのに、誰も教えてくれない』で形容されるに足る事象である。これがサードドアだ」
 まず、確認。「失敗しない人」は存在しない。これに異論がある人は? いないだろう。かのカリスマも、わたしも、そしてあなたも、失敗する。
 それから――これが重要なのだけれど――「人はたくさんの失敗をしているのに、その失敗にほとんど気づいていない」。これも実相である。
 たったいま引用したウォーレン・バフェットの株主総会での逸話末尾で、ひろゆきさんが「ボーッと動いてしまう人が多いんですよ」と語ったことに注目してほしい。ビジネス的な成功の観点からいえば、「ウォーレン・バフェットに近づく可能性を高めるために株主総会の場内のどこに座るかを考える」という作業は、かなり大切だ。だが、多くの人はたぶんそこまで考えない。株主総会に参加できたことで思考を止め、「さらにプラス何かできないか?」と思考するところまでいかない。会場に入って「ボーッと」してしまう。そして、それが「失敗」であることに気づかない。
 わたしたちは、そんな「見えない失敗」をたくさんしている。その失敗の数は成功よりも多い。そして「カリスマだって他の人と同じように、成功以上に失敗している」(TAKUROさん談)のである。少し考えればあたりまえな話だ。しかし、生活のなかでこの事実は忘れられがちになる。
 ビジネス書好きな人はご存じのとおり、「失敗は成功の糧」である。「失敗から何を得られるか」が成功の鍵である。しかし日本人は、この命題を否定したいような態度でビジネス書に臨む。成功の記述ばかりに惹かれる。ここには背理がある。
 サードドアとは、端的にいえば「信用をつくり、運をつかむ知恵の扉」となる。
 これもビジネス書愛好家にとっては、ある意味で聞きなれた概念だと思う。『サードドア』は、「運」や「知恵」をたぐりよせる上で「失敗」がとても有効だと述べている。そしてその「失敗」の多くが、なぜか多くの人にスルーされているので、あえて著者アレックスは自らの失敗談を再現的に鮮明化して書き立て、「あなたの足元に失敗という宝があるよ、気づいて!」とメタ・メッセージを発信したのだ(と思う)。
 わたしたちは潜在的なところで「いつも失敗している」。その失敗は、いつだって「成功の要因となった過去」として書き換え可能だ。アレックスは、このテーゼに加えて「見えない失敗を自覚してそれも成功要因にしてしまう」知恵を示した(この観点を指摘したビジネス書は稀有)。この知恵がつかめないと、せっかくの成功要因=失敗の多くを見過ごすことになる。
 また、わたしが声を大にして言いたい同書のポイントがある。それは、この本が「サードドア自体を描くよりも、サードドアへ至るプロセスを描くことに注力している」点だ。「セレブにインタビュー」という無謀な挑戦は、当然ながら失敗の連続になった。その試行錯誤の過程がリアルに記されている。これが「失敗談にあまり興味がない」人には「無意味な話が延々と続くな」と感じられるのだろう。
 個人的には、「成功する人が続ける5つの習慣」とか「お金がたまる7つのポイント」「気配り男子を見ぬく3つの方法」「◯◯を実践すべき4つの理由」といった本も良いと思う。けれど、『サードドア』的な「体系化された正解らしきフレーズの羅列ではなく、あえてプロセス重視で書かれた本」も好きである。もっといえば、「失敗を活かす」という視点で読めば、この本には「ふつうに言われるビジネス訓とは違ったビジネス訓」が示されているとも読める。
 成功と失敗の境界をあえて淡いものにとらえ、成功の側から失敗の側に『成功み』を流しこむ作法。これが本書の醍醐味だ。
  最後に本書で印象に残ったフレーズを一つ。
 「運について尋ねると、運はあるとき突然訪れるようなものではないと彼は言った。『バスみたいなものさ』と。『1台逃しても必ず次のバスが来る。でも準備しておかないと、飛び乗ることはできない』」(※7)
 たぶん、この「準備」における日本人の弱点が本稿からもうかがい知れると思う。
 わたし的な「日本人の弱点」の解答は記さない。みなで正解を考えるプロセスを体験しよう(タイトルに「謎」とあるので、解明を期待した読者もいるかもしれないが、本稿の主旨が「プロセスを大事にしよう」にもあるので、こういう記事もたまには良いのでは……。これはわたしの怠惰の表明ではない<??>)。

[脚注]
(※1)ハンス・ロスリングほか『FACTFULNESS』上杉周作ほか訳、日経BP社、2019年
(※2)「歴代ランキング」CINEMAランキング通信
    http://www.kogyotsushin.com/archives/alltime/
(※3)「『“全部自分の責任です”っていうリーダーを、俺は信用しない』」新R25
    https://r25.jp/article/724204174914070280
(※4)同上
(※5)「ひろゆきが語る『1%の抜け道に気づく成功者』」東洋経済ONLINE、要旨
    https://toyokeizai.net/articles/-/297397
(※6)アレックス・バナヤン『サードドア』大田黒奉之訳、東洋経済新報社、2019年
(※7)同上、趣旨