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高校生の叫び「人生100年時代? 100年生きたいと思える社会じゃないです」に耳を傾けて

 人生100年時代といわれる。
 「定年後からの人生も長いね。やりたいこと、見つけないと」なんて居酒屋談義もあるのだろうか。しかしその時代はまだ来ていない。来て「嬉しい」と思う人ばかりでもない。
 「食」と「農」で人をつなぐ活動をしている高橋博之さんの近著にこうあった。ある女子高生の言葉。
 「人生100年時代がやってくるっておとなたちは言うけど、高橋さんは10代の自殺者の数、知ってますか? まずは、若者たちが絶望して死にたくなる社会を変えるほうが先なんじゃないですか?」(※1)
 長く生きたいと思える世のなかじゃない! 胸奥からわく叫び。確かに、5歳ごとに区切った日本人の死因順位(2018年)を調べると、15~39歳すべての層で自殺が1位になっている。10~14歳でも、死因の2位が自殺だ(※2)。
 胸が、痛い。
 若者だけでなく「この人生を降りたい」と思う人は多い。
 でもどうすれば? 私も悩んでいる。降りたいともよく思う。でも……。自身が惑乱しているのだけれど、とりあえず手探りで言葉をつむぎ、生きづらさについて語りだしたい。ぜひご一読いただけたら幸いである。

コンビニバイトを長年続ける人に「ちゃんと働けよ」と言うこと

 文豪・夏目漱石が『草枕』のなかで「とにかく生きづらい世の中ですなあ」(※3)とつぶやいたことはよく知られている。現代は、それとは違った生きづらさに満ちていると思う。
 たとえば、とある36歳、女性。彼女は恋愛経験をもたない。もちろん未婚。正社員経験もなし。コンビニバイト歴は18年。で、「普通に生きてます」と語る。みなさんは彼女にどんな印象を抱くだろうか。
 これ、作家・村田沙耶香さんの名作『コンビニ人間』の主人公である。彼女はそうした属性をもち、満ち足りた日々を送っていた。だが、周囲からは「ちゃんと就職しなよ」「結婚、考えなきゃ」と別の「普通」を押しつけられていた。
 彼女はこう言う。
 「コンビニ店員として生まれる前のことは、どこかおぼろげで、鮮明には思いだせない」(※4)
 コンビニで働き、彼女は初めて「自分は何者か」という問いに手ごたえある感じを懐いたのだろう。だから「コンビニ店員として生まれる(=そこから「自分」を生き始めた)」と彼女は言うのだ。「私は、初めて、世界の部品になることができたのだった」(※5)と。
 コンビニはマニュアルだらけだ。働き手は時にコンビニシステムの歯車、部品として見られる。主人公はマニュアルに忠実で、歯車であることに喜びも感じている。それに周囲が心配の目を向ける。だが「30代中盤にもなって、まともに雇用されてないってヤバいよ」「彼氏ができたことない? ヤバいって」といった価値観も、よく考えてみれば社会的なマニュアルである。「コンビニ店員=ちゃんと働いてない」という観念もそう。社会通念というマニュアルに照らして、ただ「ヤバい」というだけ。でも、いくら主人公が個人で幸せをかみしめても、周りが「ヤバい」と思えば、個人の「普通」は周囲の「普通」に侵食される。
 先日、コンビニにまつわるツイートが話題になった。店で働いているのは、おじさん。クレーマーらしき若者が「さっさと肉まん取れって! ほんとトロいなーっ」「いい歳して」とおじさんをイビる。それを見た女子小学生が「ださっ」「あんな大人にはなりたくないよね」「恥ずかしいから…!」と痛快に言ってのける。これに5万以上の「いいね!」がついた(※6)。
 このツイに私の胸がうずいた。「おじさん店員」に対する見くだし。このおじさんにもかかる「ちゃんと働いてない」という圧。まるでコンビニバイトから抜け出すことが「正義」ででもあるかのような「普通」という怖さ。
 たぶんこれは、わたしたちの社会における「生きづらさ」の根っこである。

「私が私であることのかけがえのなさ」の確認のしにくさ

 古今東西の現代小説にでてくる登場人物たちは、「しょせん私は、巨大な社会の歯車なんだ」と告白している。そういう社会になっていくだろう(なった)と、数々の知識人も指摘してきた。かつてなら、「ザリガニ釣りは、おいちゃんに訊け」「ニュースの話なら、かずえさんがくわしいからね」「かんちゃんは草笛の名人」といった感じで、小さな共同体のなかで各人が「私であることのかけがえのなさ」を確認できた。しかし、今はどうか。社会的分業も進んだ。となり近所で誰が何をしているかもわからない。でも、情報はたくさんあるので、「国」や「社会」といった大文字化した主語に漠然とした強度は感じとれてしまう。
 ちょっと難しい話をするけれど、「私が私であること」は基本、「私はこういう人です」という自己認識と「あなたはこういう人だよね」という他人からの評価、承認で形づくられる。そして、「私はこういう人です」という自己認識は、他人と自分を比べて、「他人との違い」を自覚することで初めて生じる。だから、もしこの世に他人がいなかったら、あなたは「自分」を自覚できない。
 で、問題は「あなたはこういう人だよね」という他人からの承認である。昔なら、共同体といえば「村」だったかもしれない。村民の顔がみんな見えた。互いのキャラも共有していた。しかし今の共同体は、それよりデカイ。デカイうえに、隣人がどんな職業をしてどんな生活をしているのかも見えない。キャラがわからない。しかも身近な人とのあいだでも、なぜか「普通はこうだよね」という感覚が前景化していて、普通にすることが是であるかのようになっている(=違いを見せ合わない)。だから、身近な他人と比べても、差異がつかみにくく、だから「私が私であること」を確認しづらい。
 そんな「確認できない『自分』」を抱えながら、追い打ちをかけるように「コンビニで働くなんてさ」みたいな「普通圧力」で個性を圧迫されたら、「そりゃ生きづらくなるわ」と思う。「普通にしなさい」は凶器にすらなる。
 

「普通」に抵抗する。カウンターとは別の仕方で

 前文で引用した高橋さんは、「幸せとは何か」という問いを日本は置き去りにしてきたと述べた(※7)。
 幸福論は難しい。しかし、基盤になるものはいくつか見つかっている。その一つが、「私が私であることのかけがえのなさを感じられること」だ。「かけがえのなさ」とは「代替可能性の小ささ」、つまり「おまえの代わりなんて、いくらでもいる」ということが限りなく小さくなることだ。
 先にも述べたように、共同体といったときにイメージされるものは巨大化してしまった。しかも、その共同体自体が不可解で、共同体を構成するとなり近所の人たちも不鮮明になった。
 私たちは、そんな時代だからこそ「顔が見える」「語り合える」「わかりあえるし、わかりあえないと確かめられる」機会をもたなければならない。自己認識が得られにくい日本が今なのだとしたら、そういう機会を増やさなければならない。この意味で、「入れ替え可能で、しかもマニュアル人間」と思われがちな普通の暴力に対し、主人公が嬉々として応じ、むしろマニュアル人間であることを喜んでいく『コンビニ人間』は興味深い本なのである(この本は、弱者が弱者であることを受け容れ、強者に無抵抗な羊になるという話にもなっていないので、ぜひご一読を)。
 近著でいえば、又吉直樹さんの『人間』(※8)もおもしろかった。
 私は、同書の読後感をこうツイートした。
 「私は何者? 他人が想像する、期待する、こうあるべきと押しつけてくる、私。私が『私はこう』という私。それらが絡み、『間』に表れる私。私に飢えた私は私の根拠を他人に言ってもらう。他人がもつ複数の私の『間』に弛緩できる時がある。太宰、芥川。」(※9)
 自分でも読み返すと何だかよくわからないが、この本は「私ってこういう人間なんだよね」というときの「人間」が何によって形づくられているかを語っている。それも、とても面倒な人間関係をとおして。筆者・正木も、「私」が私によってだけ構成されるものではないことを再確認した。むしろ、人から「正木ってこういう人だよね」と期待されるものに私も合わせようとしている。そして、私と他人の間に、「正木」という観念が立ち現れるのだ。
 『コンビニ人間』『人間』の主人公たちは、こうした状況のなかで、カウンターではない仕方での「普通」への対応をあみだしている。リアルな関係性をつくり、壊しながら。
 リアルなつき合いは面倒である。ノイズも多い。予定調和的でないことも多々ある。でもたぶん、その面倒さのなかに、「生きたいと思えない社会」から一歩外にでる宝が眠っている。その「宝」について知りたい方は、村田沙耶香さんや又吉直樹さんを訪ねてみてほしい。
 私でもいいけど。
 先般「18歳意識調査」という情報にふれた。「自分を大人だと思えない」「自分を責任ある社会の一員だと思えない」「自分が国や社会を変えられると思わない」という18歳が、国際的にみて日本だけ突出して多い。「将来の夢を持っていない」人も、同調査で日本が最多だった(※10)。
 この現況を18歳の人たちに帰責する大人はいないと思うけれど、働き方改革をはじめ、世のなかのさまざまな流れに「待った」をかけること、また「普通」に対し上記の視点をもって、多様なありかたが受容されるつながりを広げること、これが大事だという認識は、広げたい。

[脚注]
(※1)新井和宏・高橋博之『共感資本社会を生きる』ダイヤモンド社、2019年
(※2)「厚生労働省ホームページ」内資料「死亡数・死亡率(人口10万対),性・年齢(5歳階級)・死因順位別」より
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai18/dl/h7.pdf
(※4)村田沙耶香『コンビニ人間』文春文庫、2018年
(※5)同上
(※6)「川村拓(仮)@④巻10/21発売」さんのツイートより。当該ストーリーは漫画で表現されている
    https://twitter.com/kawamurataku/status/1178937328464625665
(※7)新井和宏・高橋博之、前掲書
(※8)又吉直樹『人間』毎日新聞出版、2019年
(※9)拙ツイートより。わずかに修正した
    https://twitter.com/lumCIniNGnBDurw/status/1199310713887416321
(※10)日本財団「18歳意識調査 第20回 社会や国に対する意識調査」要約版より
    https://www.nippon-foundation.or.jp/app/uploads/2019/11/wha_pro_eig_97.pdf